『スーパーマーケットの変化と未来』 竹下浩一郎先生 

株式会社リテール総合研究所 代表取締役 『リテールガイド』編集長

新型コロナウイルスが早めたDXの本格的取り組み
日本のスーパーマーケット(SM)業界は、少子高齢化による市場の縮小、各企業の出店による競争激化によって、「小商圏化」が避けられない状況にあった。

市場の縮小や競争激化の中で生き残るためには、差別化が必要になる。その鍵の1つとなるのが「生産性の向上」であるといえる。そもそも、小売業に限らず日本のサービス産業自体が生産性の低さを指摘され、この認識は、多くの関係者が長年持ってきたものであった。

その意味では、デジタルトランスフォーメーション(DX)という要素は、その生産性向上においても大きな役割を担うものであると考えられた。

ここで改めて、DXの定義を経済産業省の資料をベースに確認しておきたい。

そこには、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とある。

これを読むと、DXが業務のデジタルへの置き換えではなく「再構築」ともいうべき内容を含んでいると考えることができる。結果として、その範囲は事業に関すること「全て」であるといえる。SMでいうと、仕入れから販売まで、社内の手続き、戦略、戦術、お客との関係性などあらゆる業務プロセスが対象となる。

デジタル技術を生かして、場合によっては「店の形」すら変える取り組みであるといえ、当然、そこにはネットスーパーの進化も含まれる上、さらにそれはネットスーパー単体ではなく、リアル店舗との関係性にもかかわってくるものであるといえる。

お客がより便利になるように、小売業としてどのような買物の場を提供するか。まさにネットとリアル店舗を含めた形での売場の「再構築」こそがSMにおけるDXであるといえる。

ただし、そのスピード感は必ずしも高くはなかった。SMが食品という必需の商品を主力に扱っていることもあって、売上げが急激に減ることがなかったことも影響していると思われる。そのため、将来に対する危機感を持って注力する企業は少なくなかったものの、DXに対するスタンスは総じて緩やかであったといえる。

その状況は、2020年の春から世界中に広がった新型コロナウイルスによって一変した。企業を急速にDXに向かわせる方向に動いたのである。

コロナ禍の買物行動の変化がDX推進の原動力に

企業が急速にDXに取り組むようになったことには、新型コロナウイルスによってもたらされたお客の買物行動、店側に求められる対策の双方が大きく影響している。

未知のウイルスに対して人流抑制の方策が採られ、結果として食品や日用品などの必需品を取り扱うSMなどの店頭には多くのお客が来店し、大量の商品をまとめて買っていく買物行動が急増した。

お客が買物時の感染リスクを鑑み、混雑を避けるために効率的な買物重視の姿勢を取り、買い回りを減らすといった行動を取るといった買物行動が目立った。買い回る店を減らすということで、改めてSMのように食品など日常的に必要になるものを一通り買うことができる「必需品のワンストップショッピング」の強みが発揮され、SMの業績は好調に推移した。

20年度のSMの決算を振り返ると、大幅に売上高を伸ばす一方で客数は減り、逆に客単価が大きく伸びるといった傾向が表れていた。これはお客が買物頻度を減らし、まとめ買いをしたことを示している。

さらに顕著な傾向として、ネットスーパーを手がけている企業においては、ネットスーパーの売上げが急増したことが挙げられる。これはお客が買物に行くことを避けたことによるものだろう。

一方で、店側には感染対策として以前とは異なった対策が求められるようになった。お客、従業員共に感染症から守るための努力が必要になることは、販売方法、商品提供方法、販促手法だけでなく、従業員の店舗オペレーションを変えることにもつながっている。そして、急増したネットスーパーへの対応も、店舗オペレーションを大きく変えることにつながる。

これらがDXを大きく推進させることにつながったといえるのである。

人手不足で導入が進んだセルフレジが「非接触」で支持拡大

特に新型コロナウイルス対策として求められる「効率的な買物を非接触で行うこと」に特に大きな影響を及ぼすのは、主に精算を行うレジの部分である。

これについては、新型コロナウイルスが登場する前から人手不足の深刻化もあって、お客自身が商品をスキャンするセルフレジ、あるいは商品のスキャンのみを従業員が行い、支払いはセルフサービスで行うセミセルフレジが普及していた。

導入の背景はレジの生産性向上であり、特にセミセルフレジは見方によってはお客が慣れない手つきでスキャンするセルフレジよりスピードが速い傾向があることから、一気に拡大を見せていた。

そうした事情もあって、完全なセルフレジは新型コロナウイルス以前は、それほど広がりを見せていなかったが、新型コロナウイルス対策としての「非接触」につながる方式であることから拡大傾向に転換した。

これまでは企業側にとっては人時数が節約の面で良いものの、お客としてはそれまで従業員が行っていたことを自身が行うことになるということもあって、抵抗もあったとみられるが、新型コロナウイルスによって、お客の側としても非接触のためむしろ好ましい方式に変わったということだ。

また、スキャン機能が付いたショッピングカート、あるいはスマートフォンのような端末、もしくはお客のスマートフォン自体によって、お客自身が商品をスキャンしながら買物する方式、あるいはカメラやセンサーによってお客が商品を持ったことを認識し、商品をスキャンすることなく精算できる方式なども、新型コロナウイルス前から一部企業で導入されていたが、新型コロナウイルスの登場によって改めて導入が積極化している。

お客がスキャンする方式は、お客にとっては作業的には負担が増えるものであるし、カメラやセンサーを活用した方式は店側に多額の投資を必要とするなど、それぞれハードルがあった。それが今回のコロナ禍で求められる非接触という要素によって、その導入意欲は高まったといえる。

スキャン機能が付いたショッピングカートで、レジに並ばない買物

スキャン機能が付いたショッピングカートの展開を強力に進める代表的な存在にトライアルホールディングスグループがある。同グループはセルフレジ機能付きタブレットをショッピングカートに掲載したタイプのスマートショッピングカートを開発。

「テクノロジーによって新時代の買物体験を生み出し、流通の仕組みを改革することを目的」に開発されたもので、2018年2月から実店舗での正式運用を開始し、グループ企業を中心に導入を進めている。

使用するにはあらかじめプリペイドカードの取得が必要で、買物の際は、そのカードを認証させる。その後は自身でカートのスキャナーで商品をスキャン、最後にカートに付いたバーコードをスキャンするレーンをくぐることで、プリペイドカードで精算が行われるというものだ。

現在のところ、レーンの前に人員を配置し、スキャン忘れなどをチェックしているが、これも技術を進化させていくことで簡略化を目指している。レジに比べて圧倒的に人との接触を少なくできることもコロナ対策上はメリットだ

利用率も高まってきており、高い店では来店客の4割ほどに達し、レジの人時数削減に貢献している。さらに利便性の高さからか、来店頻度が向上するなど、他の効果も出ているという。

今年夏からはスマートショッピングカートの次世代モデルを投入。今回の次世代モデルは、海外市場への展開も視野に入れたのもので、小柄の人、高齢の人も含むさまざまな利用者のUX(使用者の体験)向上を目指し、「軽い」「画面が見やすい」、かつ「商品を入れやすい」設計となっている。

また、ネットリテラシーが低い人でも容易に操作ができるようなUI(使用者との接点)設計とした他、チュートリアル(操作方法などの説明)やガイド機能を充実させた他、商品のスキャン漏れを防止する自動検知アラーム装置、さらにお客の属性や購買履歴などのデータを活用して、1人1人に最適な商品をAI(人工知能)が選択し、タブレット上でお勧めするレコメンド機能も搭載されている。

トライアルのショッピングカートは次世代モデルの導入が始まった

スキャンだけでなく、随時、情報提供も行う

スキャン能付きのショッピングカートの導入においては、「業務スーパー」を展開する神戸物産も動きを見せている。ソフトバンクと組み、神戸物産の直営店「業務スーパー天下茶屋駅前店」(大阪市西成区)を次世代型スーパーの実験店舗として構築、8月26日にオープンした。大きな特徴はタブレット付きのショッピングカートである「レコメンドカート」を導入したことだ。

天下茶屋店ではレコメンドカートを33台導入している

お客が自身で商品をスキャンしながら買物をしていくことでレジ待ちの解消を図る他、お薦めの商品の提案やレシピ提案などの情報提供も実施する。お客が商品のバーコードを読み取ると、ソフトバンクのグループ会社であるヤフーが提供する多様なサービスから得られるビッグデータや神戸物産が保有する実績データなどを基にAI が導き出した推奨商品やレシピをタブレットに表示。このAI による提案が、お客の購買意欲にどのように影響するかを検証する。

神戸物産の場合、使用に際してログインなどの認証はなく、そのまま買物を開始することができる。ヤフーの検索を基にしたトレンドワードといった情報だけでなく、神戸物産によるレシピ提案や今月の特売商品、人気商品、新着商品、お薦めスイーツ、特売チラシなども見ることができる。

また、店内では天井に9カ所ビーコンが設置され、レコメンドカートで買物をしていると近くにあるお薦め商品の情報が表示されるようになっている。このビーコンによって客動線のデータも取れるため、今後は分析、レイアウトの改善にもつなげていきたい意向だ。

会計は専用の精算機で行う。精算機の会計ボタンを押すと、タブレット端末に会計コードが表示される。それを精算機のスキャナーでスキャンすると精算機にデータが移り、確認後、会計するという流れとなる。スャン忘れの商品などもある可能性があることから、最後に従業員が立ち買上点数などを確認する形を採っている。

これら2社のように店にあるカートに付けたタブレットではなく、もう少し小さな端末、あるいは自身のスマートフォンで商品をスキャンする方式を採用する企業も増えてきた。この取り組みについては次回、紹介したい。