芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表
- モノ・コト 進化の法則
◆ミスマッチ

ある大型SCに出店したSMが期待に反して全く売れず、大きな赤字を抱えていた。様々な条件を考えれば50~60億円は売り上げてもおかしくないと思うのだが、その3分の一しか売れていない。郊外型の小型店しか経験がないからなのか、物件の特性の活かし方が分からない。大型SCともなれば、お客もチョットしたレジャー感覚を味わいたいはずだが、店をつくる側が近所の日常的買物から抜け出せない。
大型SCへの初出店ということもあり、はじめてLineを使ってみたが、本部にSNSを担当する部署はなく、店舗に専任の担当者もいない(当然、法的理解・リスク管理などの決まりもない)。定型的な割引クーポンの配布だけではお客へのアピールは難しい。
経営者もLineは聞いたことがあるが、興味(重要性に関する認識も)がないから店に任せっきりである。日常生活にSNSが欠かせない若いスタッフ(パート・アルバイトなど)、SCの客層と同世代のスタッフもいるが、彼らに任せるという発想はなく、彼らも口を挟める立場にはない。旗艦店として、Lineを使って全店の販促・イメージアップに使えば一石何鳥ものメリットがあると思うが、そういった発想もない。
デジタル化の進展が著しい現在では、Lineに限らず、組織内における役職・権限(組織)とデジタル分野の知識・経験・感覚(能力を持つ人)のミスマッチは大きな問題である。
水面下にこのような問題を抱えながら気づかずに放置されるケースは珍しくない。
筆者が知るドラッグストアのローカルチェーンでも、創業者会長が「最近は何をやっても上手くいかない。もう、どうしてよいか分からない。」と悶々としていた。オーナーや肩書としての管理職はいるが、経営者・マネジャー不在という状況は深刻である。
組織に埋もれる素質・能力・経験など、これまでとは違う基準で掘り起こすことも必要である。
現在は、コロナ禍によって新たに顕在化した問題、コロナ禍によって後回しにされた課題など取り組むべきことは多い。サプライチェーン(国際分業)・海外事業などのカントリーリスク、SDGs(特にカーボンニュートラル、脱プラスチック)、急激なデジタル化とNeo Digital Divide(デジタル化による断絶が結果的に現状のリスク&チャンスへの理解を難しくする)、異常気象(直接的な店舗、またサプライチェーンへの影響など)、そして何よりも急激な人口減少と超高齢化(商圏の衰退)、…等々。社会、経済、産業、生活、消費など、直接関係ないと思っても、リーマンショックのようにある日突然、あるいは昨今の商品価格高騰のようにいつの間にかジワジワとその影響は表れてくる。コロナ禍による飲食業低迷の対岸で活況を呈した小売業・EC、そして活況後の反動や飲食業・旅行業復活後に予測される小売業への影響もまた同様である。
課題は多岐に渡り、構造・メカニズムが不透明なのに複雑でコントロール不能な要素が多い。しかも近くの競合店のように具体的な対策も効果も見えないから質が悪い。
一方、コロナ禍をチャンスとして大きく業績を伸ばす企業があるように、モノ・コトの過不足・ミスマッチはビッグチャンスでもある。
チャンスを生かす企業は、リスクに対峙するよりはチャンスに向かう姿勢が鮮明である。進むべき方向・ネライが明確で、やることはシンプルかつ迅速である。幅広いネットワークから目的に合致する重要な情報だけを抜き出して的確に行動する。全ては計算済みといったところだろうか。
これまで様々な小売業態の変遷、マーケットの環境変化などを調べてきたが、この何十年を振り返っても「世の中が理解不能な形で大きく変わった」ことはない。必ず理由があり、遡ってみれば何らかの兆候、専門家の予測・警告などもある。起こるべくして起こっている。
そうでありながら、上手くやれる企業とそうでない企業の差が表れる。具体的には状況認識、変化への対応、日頃の準備・体制などの違いであるが、その元にはもっと根源的なものがある。
特にインフラ(実店舗・店舗網や人員能力、システム、仕入・販売チャネルなどの資産)を制約条件として事業そのものを固定的(資産・資源に対する認識・解釈も)に理解し、自ら変わることを制限してしまうか、それともインフラの可能性を常にシミュレーションし、進化の方向をフレキシブルに想定しているか、の違いは大きい。
現在の店舗を「複数の営業店」と見るか、「何らかの連携を想定したドミナント(面での仕組)」と見るか、「インフラとしてのリアルネットワーク」と見るかによって店舗(網)の意味・価値・可能性、もちろん対処の仕方も大きく変わる。
ミスマッチは様々な分野・レベルで必ず起こると考えれば、フレキシブルに対応できる仕組(例えばビジネスユニットや組織機能のモジュール化など)・体制は必須である。
◆進化の法則
図表は、長年 創造性開発などでアイデア発想ツールとして用いられてきたオズボーンのチェックリストとそれを元に世の中のモノ・コトの進化の仕方を整理したものである。(参考図表はこちら:オズボーンのチェックリスト)
アイデア発想をパターン化、普遍化したということは、言い換えれば世の中の進化の多くはその法則に従っているということにもなる。実際にいろいろなモノ・コトに当てはめてみれば、様々に変化・進化しているように見えても限られた法則に従って出来上がっていることが分かる。
中には、「小さい」場合は「専門」、「大きく」なって「総合化」すると「一般化」するというように異なる軸が同じような意味合いを持つことも多い(複数の軸がワンセットになって出来上がっている)。
また、ある時違う軸に切り替わる、あるいは軸が複合化することもある。軸を変えた後はその軸上での動きに変わるが、収まりが悪ければまた他へ移ることもある。
製品、小売店舗、販売チャネル、マーケット、….等々。周囲を見渡せば、このような法則で動いているケースは容易に確認できる。
モノ・コトの変化は、大から小/小から大、集中から分散/分散から集中、結合・統合・総合から分割/分割から結合・統合・総合、専門から一般/一般から専門、....等々、一方へ行き過ぎれば揺れ戻し、戻し過ぎればまた元へ戻る。また、大と小、集中と分散、専門と一般など相反するものが組み合わさって成り立つケースも多い。SM実店舗で鮮魚と菓子は専門、他の生鮮・グロサリーは一般といった具合である。
店舗が、小型から徐々に大型化し、行き過ぎればまた縮小して適正規模を模索することは珍しくない。
考えられるパターンは、①店舗規模・立地・内容などのスペック(業態?) を固定して、それに合う条件のところに移動する (成立条件とのミスマッチを避ける) 、②場所を固定し、条件の変化に合わせて店舗規模・立地・内容などスペックを修正する、③条件の変化に合わせて、店のスペックを柔軟に修正できる仕組を確立する、の3つである。
日本では多くの企業が店舗規模・立地・内容などスペックを固定したまま、条件の変化があってもミスマッチに対処or耐えようとするが、アメリカではスクラップ&ビュルドで状況変化に合わせて短期間でチェーン構成をつくり変える。③はモジュール化したビジネスユニットの組み替えなどで対応可能だが、そのような発想・指向(思考)をする企業はほとんど見当たらない。可能性があるのは良品計画のような形態の進化形だろう。
★課題は多く混沌としているが、一方ではデジタル技術をはじめ、○○Techと呼ばれる最新技術が物理的 (立地・距離・時間・規模など)な制約を受けないビジネスモデルの可能性を広げる時代にもなっている。
直面する状況をできるだけ法則として整理し、食ビジネスの可能性&リスク、その中でのSMの在り方を考えてみたい。