『ビジネスを変える2つの駆動力 』上原征彦先生

(公財)流通経済研究所  理事・名誉会長  株式会社コムテック22 代表取締役

4回に渡って小売ビジネスの近未来を展望していくが、今回は、まず、ビジネスを変化させる2つの駆動力について明らかにしておく。1つは、時代を左右する技術革新であり、いま1つは、経営史から示唆される、いつの時代にも通底する、企業が競争優位を獲得していく方策である。具体的には、前者としてDX(Digital Transformation)について注目し、後者として、経営史学で有名なA.D.チャンドラー教授が見出した「流れの管理:Throughput Management」という概念に言及していく。

まず、DXが注目されるのは、インターネットとビッグデータ処理およびAIが連動した機能が飛躍的に高められ、人間の物理的作業の自動化だけでなく、その知的作業の自動化も進むからである。周知のごとく、R.カーツワイル博士は「我々は、2029年にはAIが人間の知能と同程度になり、2045年には人間のそれを超える特異点(Singularity)に遭遇する」と述べている。ここで問題となるのは、物理的作業だけでなく、知能までがAIに担われるようになると人間の役割はどうなるか、ということである。この点については、システム理論の専門家によれば、AIは、外部からの多数のインプットを論理で繋ぐことによって作動する他律システムであるが、人間は、独自の意志で多数のインプットを取り込み、細胞や思考を自己生産(Autopoiesis)する自律システムだという。

上述から、自己生産力すなわち創造力が、AIには無い、人間固有の能力であることがわかる。ここで、創造力の源泉として想像力が必須となることを強調しておく。創造とは「無から有を生む」ことであるが、ロジックとして「無は有の否定」なので、それは論理的には不可能である。この論理的不可能を克服するために、人間は想像という方法を活かし、「無→想像→有(創造)」という行為を身に付けてきたといえる。こうした「想像→創造」という能力は、優れた人物に特有のものではなく、人々が日常的に行使している本能的特性でもある。例えば、店員は、顧客の表情や動きを見ながら、彼等の意向を「想像」しつつ、何らかの対応策を「創造」しようとしている。

次に、チャンドラー教授は、近代以降の多くの産業や企業の史的展開を注意深く調べることによって、川上から川下に至る財の「流れ」を主体的に管理できる企業や産業が優位に立つことを明らかにした。例えば、かつて鉄鋼業や石油プラントが優位を確保できたのは、前者が、顧客の注文に応じて鉄鉱石の輸入から鉄鋼成品を製造・販売するまでの「流れ」を管理でき、後者は、原油輸入から精製を経た石油製品をパイプラインで顧客に渡すまでの「流れ」を管理できたからである。また、有力鉄道業が現在でも主要な地位を確保しているのは、レール敷設と車両製造を経て、これを動かすまでの「流れ」を管理し、それを駅に入ってくる顧客に直ちに提供できるからである。こうした「流れの管理」を現代風に言い換えると、SCM(Supply Chain Management)そのものだといえる。

日本の小売チェーンが、業種別専業店に取って代わることができたのは、多店舗展開による規模のパワーに依拠しつつ、川上(卸やメーカー等)に向けて発言権を強め、多かれ少なかれ、「流れの管理=SCM」に関わることができたからである。これが、DXが進む中で今後どう変わり、それが小売経営をどう変革していくかが問われている。

以上から、近未来の小売経営では、DXの採用によって、人的作業が大幅に自動化される中で、人間の創造力を活かす仕組みをどう構築するか、これとSCMをどう関連付けていくか、また、それが競争優位の獲得とどう係わるか、ということが主たる論点となっていく。