『キャッシュレス決済は社会インフラか、個社サービスか』 長瀬 直人先生 

(一社)全国スーパーマーケット協会 主任研究員

中小事業者の導入により大幅に上昇した国内キャッシュレス決済比率

経済産業省の調べによれば、20%程度だったキャッシュレス決済比率は、2020年度には30%まで飛躍的に上昇している。今回、国内の決済比率上昇に大きく貢献したのが、消費税率10%への引き上げ時2019年10月から20年6月まで9ヵ月間実施された、「キャッシュレス・消費者還元事業」である。

これまで導入に慎重だった中小事業者に対し、初期費用を軽減(導入費用の2/3を補助)、加えてキャッシュレス決済を利用した消費者に還元するポイント(中小事象者5%、フランチャイズチェーン加盟店舗は2%)の補助が行われた。補助金により売上や来客数の増加が期待できるなかで、中小事業者に導入を決断させるには十分な内容であり、実際に多くの中小事業者が取り扱いを開始した。

 補助事業終了後も、手数料無償期間終了後も継続を決断

  特に営業利益率の平均が1%前後にとどまるスーパーマーケット業界の中小事業者では、「キャッシュレス・消費者還元事業」による補助がなくなった後、維持費用である決済手数料負担に対し、どのような経営判断するかが注目された。

事業終了直前の20年6月に全国スーパーマーケット協会が実施した調査では、当初の予想に反して、ほぼすべての事業者が継続の判断を下した。ただし、これは決済手数料を21年9月まで無償期間としたことや新型コロナウイルス感染拡大により現金利用が敬遠される社会的な風潮が高まっており、事実上、取扱いの判断は、翌年まで持ち越しにされたに過ぎなかった。

そこで決済手数料無償期間が終了する21年8月に改めて調査を行った。しかし、その時点でも予想に反して、「取り扱いを中止する」事業者はわずか4.1%にとどまった。一方で「現時点で判断できない」とした中小スーパーマーケットも、36.1%に及んでおり、手数料問題を乗り越えたとは言い難い。(図表1)

(図表1)スマホ決済導入意向(21年8月時点)

先頃、大手決済事業者であるPayPayは中小事業者の決済手数料率を1.6%~1.8%に設定すると発表した。実際には、個社ごとに決済金額のボリュームにより手数料のディスカウントが行われているが、それでも中小事業者の半数近くは、継続可能な決済手数料水準に比べ高いと考えている。(図表2)

(図表2)想定と比べた決済手数料率(21年8月時点)

この間、コロナ禍でスーパーマーケットの業績の好調が続いている状況を差し引けば、いずれ決済手数料負担が大きな問題となることは疑う余地がない。

明確な消費者、決済事業者の便益と曖昧な導入事業者側の便益

QRコード決済を例にとれば、消費者は、入会金や年会費など金銭的な負担はなく、利用するだけで、〇%ポイント還元というわかりやすい金銭的なベネフィットが得られる。

決済事業者は、定期的安定的に手数料収入が得られるだけでなく、個人単位での購入データの収集ができる。実店舗での購買行動の把握が可能となれば、消費者分析の範囲や精度を飛躍的に向上させることができる。さらに決済手段を獲得することは、いわば消費者の財布(お金)を管理することに等しい。そのため、金融や保険の領域にまでビジネスを拡大することも視野に入っている。

一方で、導入事業者側であるスーパーマーケットのメリットとしては、新規顧客の獲得や売上の増加、業務の効率化があげられている。(図表3)しかし、そのいずれも現時点で実際にどの程度の効果があるのか具体的に検証が行われているとは言えず、本当に負担に見合った便益を得られているか未知数と言わざるを得ない。現状、キャッシュレス決済の取扱い中止による顧客サービスの低下を恐れ、効果がはっきりしないまま継続せざるを得ない状況に追い込まれている事業者も少なくないだろう。

(図表3)キャッシュレス決済導入のメリット(21年8月時点)

導入効果の定量化が急務

政府は、大阪・関西万博(2025 年)に向けて、国内のキャッシュレス決済比率を40%まで引き上げることを目標に掲げている。今後、消費者からのキャッシュレス決済への利用ニーズはさらに高まることが予想されるが、費用対効果が曖昧な状況下でさらにキャッシュレス決済利用が進めば、中小事業者の経営に深刻な影響を与えかねない。この不健全な環境が続く最大の要因が、導入事業者がキャッシュレス決済導入による売上増加や業務効率化などの効果を具体的な数値で示せていないことである。エビデンスを用意できないことで、決済事業者に提示する手数料率を甘んじて受けいれるしかないのが現状である。もちろん中小事業者は、大手に比べ解析能力に限界がある。イニシャルコストを軽減することでキャッシュレス導入を推進した経済産業省は、ランニングコストについてもフォローしていく責任がある。

キャッシュレス社会の推進は、消費者、決済事業者、導入事業者が「三方一両得」となる仕組みの構築をなくしては実現できない。キャッシュレス決済を社会インフラとして考えるならば、その仕組みを他国に比べ高いとされる決済手数料としてすべて導入事業者側が負担している現状は、いびつな構造と言わざるを得ない。

 

 

※図表出典

全国スーパーマーケット協会実施「キャッシュレス決済動向調査結果(2021年8月実施)」

※掲載図表の集計対象は事業参加者(167社)

※詳細な調査結果は、全国スーパーマーケット協会ホームページにて公表