『2.  3つのリスク』 小松崎 雅晴先生

芝浦工業大学非常勤講師  エム・ビィ・アイ代表

◆ 3つのリスク

我々は様々な課題を抱えているが、中でも特に重要なテーマは次の3つと考えている。一つは、急激な人口減少と超高齢化、二つ目は、デジタル化とNeo Digital Divide、そして三つ目はそのどちらとも密接に関係する企業・団体などの組織・システムである。これら3つのリスクは、我々に直接関係し、内部要因的要素が強い。そうでありながら漠然としてとらえにくく、当事者として認識しづらいから自覚も実感もない。直接影響がない限りどこか他人事のようにしか思えない。「何が問題か分からないのが問題だ」とは、コンサルティングでよく使うフレーズだが、たとえ具体的なデータを並べてみてもピンとこなければ余計厄介である。問題は、現状と基準のギャップとして認識されるが、ギャップそのもの(基準、現状、またはその両方が不明)が認識しづらい状況は如何ともしがたい。詳細はまた別の機会に譲るとして、ここではその概要について説明したい。

◆人口減少・超高齢化

たとえば、自分自身が年を重ねていくと、周囲がいろいろと変わっても、そんなものかと受け入れてしまう。人が感じる時間・空間と統計が相手にする時間・スケールの違いが「急激な(人口減少・超高齢化)」という言葉の意味を伝わりにくくする。令和2年国勢調査人口速報集計によると、我国の人口は1億2622.7万人(外国人約300万人含む)、2015 年比 86.8万人の減少である。ただし、東京都54.9万人をはじめとする9都府県で94.7万人増えているから(主に転入増)、残る38道府県では181.5万人減少したことになる(自然減と転出増)。180万人という数値は47都道府県中21~22番目に相当するから、5年間で中堅クラスの県1つ分の人口が減少したことになる。2020年の数値を見ると、出生数84万人、死亡数137万人、差し引き53万人の減少(自然減)である。ここ数か月の各月1日の推計値を見ても前年同月比でほぼ50万人前後減少しているから、国勢調査の数値より拡大して鳥取県(55万人)の人口に相当する規模で毎年減少していく(拡大傾向にあるが)と考えてよいだろう。全国1,719のうち8割強の市町村で人口が減少し、5%以上減少が50.9%、うち10%以上減少も13.4%ある。その結果、5万人未満の市、5千人未満の町村が増え、主な商業立地である3~30万都市は確実に減少していく。生涯結婚しない男性4人に1人、女性7人に1人、…。晩婚化、非婚化、少子化など人口減少を示すデータはキリがない。超高齢化も同様である。すでに2020年女性人口の過半数が50歳以上となり、女性単独世帯の半分は65歳以上である。今後、急増するのは世帯主65歳以上ではなく75歳以上の夫婦のみ世帯・単独世帯であるから、地域社会が果たすべき役割は確実に増える。

*20年以上このようなデータを調べてきて分かったことは、どんなにデータを並べてみても、それだけでは実態は何も変わらないという現実である。ここでは印象に残るようなデータを挙げてみたが、おそらく見た瞬間はインパクトがあってもすぐに自分の日常に戻ってしまうだろう。それが普通だし、現実である。だから難しい。

◆デジタル化とNeo Digital Divide

孫ができたことでLineやInstagramを使いはじめてみたが、その本質は閉鎖的に完結する情報空間にあると思っている。家族だけのプライベート空間、学生サークル、ママ友、あるいは理想とする世界観のコミュニティ、別の自分を演じる「場(仮想空間)」、…等々である。よいか悪いかは別にして、アチコチに閉鎖完結型の情報空間が生まれれば、その使い方、あるいはその中にいるか否かの違いでその意味は様々に変わる。 そこでNeo Digital Divideである。Digital DivideはWin95が発売され、急激にパソコンとインターネットが普及した時代の問題である。当時はパソコンを操作し、インターネットで検索やメールを使うことができれば、それで断絶から逃れることができた。しかし、現在は状況が全く違う。情報の発信者・ある場所・アクセス方法が多様化し、情報量は物凄いスピードで増え続けるから、必然的に情報の断絶は至る所で起こる。昔の逸話では象の鼻・耳・足・尻尾であったが、現在では想像もつかないレベルになるのだろう。ある時、孫のInstagramに「テンパの会に参加した」と写真がアップされた。みな一様に白い天使のような服を着た幼児たちが醸し出すメルヘン的世界はインスタ映えがする。確認してみると「テンパ」は天然パーマ、髪の毛がクルクルの子を持つ親達が主催者の呼びかけで集まったイベントだという。白っぽい服は子供のドレスコードで、初参加・初対面でも一目で認識でき一体感を持ちやすい。主催者は多くのフォロワーを持つ有名人らしく、多くの人を動かす機動力がある(日時・場所、イベントの進め方などの企画、実際の運営までだから凄い)。少子化時代、近くに同年代の子供がいない親たちはSNSで交流を図ることしかできない。気の合う人達がオフ会(実際に会う)で交流することも珍しくない。SNSの世界にコミュニティ、ネットワークが生まれ、それがリアルの世界を補完する形で融合する。しかし、実際に多くの人、実態が動いても関係・関心のない人には何も見えないし、そこに情報の断絶があるなどとも思わない。「知らないことを知らない」がアチコチでたくさん起こっている。Neo Digital Divideは、SNSの世界ばかりではない。マス・マーケティングをベースとした従来の実店舗の仕組みとは全く異なる世界がEC(ネット通販)の普及をきっかけに急成長している。モバイルをベースにしたデジタル・マーケティング(ワン・ツー・ワン・マーケティング)の世界は、従来とは異なる世界を創り上げ、さらに進化している。現在は、実店舗とECを併せ持つことも珍しくないが、デジタル技術の進化によって無人(レジなし)店舗が普及すれば、小売業近代化の象徴だったPOSなどは過去の遺物となって消え去ってしまうのだろう。さらにAI、ビッグデータ、データサイエンスなど急速に発展するジャンルが新たにブラックボックス的世界を生み出すだろう。100か(知ってる)ゼロか(知らない)という違いをたくさん生み出すNeo Digital Divideは厄介である。せめて断絶の間をつなぐ翻訳者・解説者など仲介者が必要である。

◆組織・システム

組織・システムの問題は、デジタル化、データ活用の本質の問題でもある。もともと小売業界にはIT人材が少なく、積極的に採用・育成するという環境・風土にもない。これまで情報システムはサーバー、データベースに象徴されるようにデータ蓄積に重きを置いており、現在もその名残は色濃く残っている。保存・蓄積されたデータは何らかの形で加工・分析し、改善に生かされなければ意味がないが、実態はハードメリット中心で手間と時間がかかるデータ活用(ソフトメリット)はないがしろにされてきた。というよりは、もともとのデータの持ち方、帳票設計などの問題(設計思想が違っている)から、データを取り出した後も個別に仕分けするなど様々に手を加え、Excelなどで加工しないと使えない、あるいは手間を考えるとそこまでの価値が見いだせないことが大きく影響している。それはクラウドになっても本質的に変わらないから根が深い。「使わ(え)ない膨大なデータの保存・蓄積のために莫大な費用を使っている」とはあるDX専門家の指摘であるが、データ活用が生死を分けるといわれる時代に立ちはだかるこの構造的問題は如何ともしがたい。デジタル・マーケティング、データサイエンスなどはデータ収集・分析・改善・評価というサイクルを連動させ、短期間に繰り返しながら精度を高めようとする。情報システム構築が目的の時代とは異なり、データ活用による変革が目的であるから過去の思想・仕組みとは相容れない。かつてPOSを商品分析に用いるという発想もあったが、Store Automation同様、新たな技術に対する過度な期待は正しい理解と進化を妨げる。JANコードを見ればわかるが、SKUの識別はできても商品が売れるキーワード(共通項)の情報は持たない。結局、POSもEOS・EOB同様、伝票の電子化、レジ・発注の自動入力のための仕組みの一環と理解するべきなのだろう。

東京都はデジタルシフト推進専門員としてITスキルを持つ大学生を週1、2日の契約で雇用し、確実に成果を上げているという。データの種類・量と共に使える場面、利用する(したい)人も増えているが、旧態依然とした組織・システムのままではその可能性も閉ざしたままである。IT技術を持つ人が限られれば、フレキシブルな雇用形態をとるなど組織、システムの在り方を抜本的に変える必要がある。2025年の崖(経済産業省)が現実となっても、当事者がそれを目で見て確認することはできない。最大のリスクである。