『新型コロナを経たスーパーマーケットの変化と未来』    竹下浩一郎先生

株式会社リテール総合研究所 代表取締役 『リテールガイド』編集長

レジがなくなることで、買物の形、店の形が変わる

「レジ」での決済は、防犯上の意味もあって、対面で人が行うのが当たり前であった。お客からすると、売場から商品をピックアップすることは自身で行う一方で、その後、それを集計し、お金を払えばよい状態まで「買物をまとめてもらう」という意味でサービスを受けていることでもあった。防犯上必要とはいえ、セルフサービス化した売場の中で、レジにだけは人員を配置しなければならないという意味では、店側からすると負担であったことは間違いない。そのため、人手不足が深刻化する中、そこに投入する人員の効率化は、小売業にとって大きな課題となっていた。結果として、レジの機能をほぼ全てお客自身に行ってもらうセルフレジ、あるいは商品登録のスキャンは従業員が行うものの、支払いについてはお客自身に行ってもらうセミセルフレジといった新しい形のレジの模索が続いたが、コロナ禍によって買物時の非接触が求められるようになったことは、レジにおいて決定的な影響を及ぼしたといえる。まず、レジ機能のほとんどをお客自身が行わなければならないことからか、どちらかと言えば普及のスピードもゆるやかであったセルフレジへの関心が大きく高まることになった。前回紹介したスキャン機能が付いたショッピングカートもその文脈で注目度が一気に高まったといえるし、そのスキャン機能自体を、自身が所有するスマートフォンに持たせるという発想のシステムも、新しい買物方式として取り組む企業が増えている。レジにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が急速に進んだ背景である。

自身のスマホをスキャンする端末として活用

スマホをスキャンに活用する考え方自体は、コロナ禍以前からあり、例えば西友などは数年前からその仕組みを実験していた。しかしながら、「レジに並ばなくても良い」、あるいは「自分のペースで、買物の中身を確認しながら買物ができる」といったメリットはあるものの、わざわざ自身のスマホにアプリをインストールし、もともと従業員が行っていたスキャンや精算作業を自身で行うのはハードルが高かったようだ。その状況を変えたのが、前述したコロナ禍での非接触の買物に対する関心の高まりである。スマホを活用したこの方式に最も積極的に取り組んでいる代表的な存在に、イオングループの首都圏スーパーマーケット(SM)連合のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)がある。スマホで商品をスキャンし、登録したクレジットカードによる決済までアプリ上で行ってしまう「スキャン&ゴー」をグループの3社であるマルエツ、カスミ、マックスバリュ関東に加え、パレッテやイオン九州、光洋などU.S.M.H以外のイオングループ企業にも拡大中だ。同社の藤田元宏社長は、スキャン&ゴーを含むセルフチェックアウトを推進する背景として、「全体人時の30%を投入するチェックアウトゾーンの省力化だけではなく、その人員を他のタッチポイントを配置し、デジタル化を進めつつも一方で人的サービスを限定した領域で充実させることを狙いとしたもの」と説明する。「全体人時の30%」の効率化は経営的にも大きなインパクトになる。なぜ、スマホなのか。その理由についてU.S.M.Hの1社、カスミの山本慎一郎社長は、「単純なチェックアウトの利便性も重要だが、その先にあるもの、つまり、お客さまと常につながっているような状態、双方向でコミュニケーションができるのは、いまは(お客自身のスマホの)端末しかない」と語る。

 

U.S.M.Hでは、「スキャン&ゴー」の活用を進めている(つくば市の本社1階の無人店舗「KASUMI LABO」)

レジ、あるいはスキャン機能付きカートであっても、基本的に「店にあること」が前提になる。つまり、あくまで買物は「店に来たとき」に限られる。これはリアル店舗を構える小売業では当たり前のことではあるが、スマホを活用すればその場を「店以外」にも拡大できる。考え方としては、店に来る前、極端に言えば普段の生活のあらゆる時間に拡大するという狙いがあるわけだ。店内案内、買物リストの事前の作成やその商品をピックアップするための最適ルートづくりなど、さまざまな機能拡大を想定しているという。スマホを活用したワン・トゥ・ワン・マーケティングにもつながる取り組みであり、今後の発展性にも期待が持てるものである。

端末の設置から、自身のスマホ活用に拡大を図るイオンリテール

一方で、スマホを使ったこの方式は、「利用率が低い点」が課題となっている。企業や店によって差はあるものの、全体に占める利用率は数%にとどまるところが多いようだ。やはり、自身のスマホへのアプリのインストールに始まり、それを用いてのスキャンという作業自体への抵抗、あるいはスマホ自体を所有していないといったこともあるだろうが、セルフレジなどの利用に比べてハードルは高いようだ。U.S.M.Hでは、「レジに並ぶ必要がない」といったメリットをアピールしながら、普及に努めるが、その普及には時間がかかると思われる。その点、前回紹介したカートタイプの場合、利用率は2~4割ほどに上るケースが多いという。店に用意されているカートを利用しての買物は、これまでの買物との共通項も多いことから、それほど抵抗がないこともあるかもしれない。店に設置したカート、自身のスマホとのちょうど中間に位置するような方式を採用したのが、イオンリテールである。イオンリテールでは、お客自身が商品のコードをスキャンしながら買物を進める仕組みである「レジゴー」の導入を進めてきた。レジゴーは、スマホタイプの端末を活用したものであるが、イオンリテールの場合、端末の専用スマホは店内で貸し出す方式としている。買物の際は、店頭に設置された専用スマホで購入する商品のコードをスキャンしながら買物を進めていき、最後に対応する精算機に買物のデータを送信し、決済する仕組みとなっている。決済については、トライアルのようなプリペイドカードやU.S.M.Hの「スキャン&ゴー」のようにクレジットカードによるものではなく、あくまで精算機を用いることが特徴となっている。イオンリテールとしては、『“レジに並ばない”お買物スタイル「どこでもレジ レジゴー」』として打ち出しているが、他にも買物途中に購入商品や買上金額が確認できることで買い忘れ防止にもつながるといったお客からの支持もあるという。スマホ端末を活用したものではあるが、30代~40代のファミリー世帯が多い地域などでは利用率が3割を超えるなど、比較的利用率も高くなっているのが特徴だ。こちらも、もともと新型コロナウイルスの問題が表面化する前から提案していたが、新型コロナウイルスによる「非接触・非対面」のニーズの高まりにも対応した方式として、昨年3月から本格展開を開始し、より注目を集めている。機能面でも、精算機のタッチパネルに非接触センサーを取り付けることで、パネルから約2㎝のところに指を近づけるだけで操作ができるようにした「非接触パネル」を初めて本格的に導入するなど、強化を図っている。前述のように、レジゴーは、お客が所有するスマホではなく、店頭で貸し出した専用スマホを使用し、さらにスマホ自体では決済はせずに精算機にデータを送信して決済することが特徴で、前述のように、これにはスマホを持っていない人でも、個人情報を登録することなく、気楽に利用できるというメリットがある。不特定多数のお客をターゲットにする小売業として、利用するためのハードルを下げることは有効だが、一方で自身のスマホでスキャンができるような仕組みにも対応することにも踏み込みを見せている。今年4月のiOS版を皮切りに「レジゴー」アプリの配信を開始し、Android版アプリの配信にも至っている。このアプリを使用することで、お客自身の端末でレジゴーの操作が可能となった。店頭で貸し出すタイプとすることで、スマホを所有していない、あるいは抵抗のある層も取り込むことで利便性を感じてもらうなどして普及を促し、その後、自身のアプリを導入することでワン・トゥ・ワン・マーケティングにもつなげていくというストーリーが想定できる。初めからスマホでの導入としたU.S.M.Hが、利用率を高めることを課題としていることからすると、高い店で3割に達する利用率を前提に、アプリに入っていくことは強みとなるかもしれない。

レジゴーの専用スマホを店頭で貸し出す。カートに設置して使用してもらうことを推奨する。今後はアプリによってお客自身のスマホを使用こともできる   (→)

精算機がなくなることで、店、売場のつくり方も変わる

「レジに並ばなくても良い」という点は共通する大きなメリットだが、精算機の有無という点では、これまで紹介した企業の仕組みは、微妙な違いがある。カートを活用したタイプで言えば、トライアルはプリペイドカードを活用し、ゲートを通過するだけの精算にしているが、神戸物産はスキャンした買物データを精算機に移す方式となっている。スマホを活用したタイプでは、U.S.M.Hは登録したクレジットカードによる精算で、買物の最後に店頭にある端末に買物終了の確認用として提示されるコードをかざすだけとなっている。一方でイオンリテールのレジゴーも、神戸物産と同じように買物データを精算機に移す方式。この場合、精算機を用いる必要がない場合は、売場における「レジのスペース」が大きく変わることになり、結果的に売場面積にも関連してくることは、今後の店造りに対する影響の意味で注目すべき点といえる。実際、これまでレジにはそれなりのスペースを割く必要があり、特に小型店においてその影響は大きいものがある。売場面積が広げられる、あるいはその分のスペースを省くことができることになり、結果的に売場の効率を高められるからだ。当面は、対面レジにしろ、セルフレジにしろ、既存レジとの併存が続くため、大きく変えることはできないが、仮にほとんどのお客が精算機を用いない決済手段を利用するようになると、売場の風景は大きく変わってくるだろう。レジのDXが変えるのは買物の形だけではない。店の形、売場の形も大きく変える可能性を持っているといえるのである。

カスミの「スキャン&ゴー」のチェックアウトポイント。買物が終わった際に表示されるコードを端末にかざすと終了となる。売場のスペースはレジに比べてかなり小さくなる

こちらはU.S.M.Hの1社、マルエツの「スキャン&ゴー」のチェックアウトポイント

同様にU.S.M.Hの1社、マックスバリュ関東のチェックアウトポイント