芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表
◆チラシと商圏

まだ、コンビニエンスストア(以下CVS)ができたばかりの頃だからずいぶんと昔の話になるが、総合スーパー(以下GMS)が広域商圏をカバーし、その中の中規模商圏を食品スーパー(以下SM)、さらにその下の小商圏をCVSがカバーすることで商圏内シェアをグループ企業で抑えてしまうという説明を聞いたことがある。一つの駅前にGMSは一社1店舗というように競合のない時代では一つの商圏にドミナントを形成すれば一企業が商圏のほぼ全てを抑えることができた。優雅な時代である。まだ、陣取り合戦の時代だから、チェーン店舗をリアルネットワーク、システムとして機能させ、相乗効果を得るといった戦略的発想もなかっただろう。その頃はホームセンター(以下HC)もまだ誕生間もない時代であったが、ある時HC企業のチラシをいじる機会があった。筆者が広域商圏とばかり思っていたGMSのチラシ配布枚数が通常店舗で2~3万枚、大型店でも5~7万枚と聞いていたのに対し、このHCではB2サイズのチラシだと25~28万枚も撒くという。チラシもそれだけ撒けばかなりの広域商圏をカバーするが、その分粗いところもある。よくよく調べてみると、チラシを配布していないエリアでもコンスタンスに一定件数の配達がある。一方、店舗から離れたエリアでチラシを入れているのに配達が全くないエリアもあるから、その分を配達があるエリアと交互に撒くように切り替えてみた。切り替えた初日の売上が前年比120%を超えていたことを見ると、単純に店からの距離や昔から言われていた幹線道路・橋(川)などで商圏が分断されるということも一概には言えないのだろう。たとえ離れていても、あるいはチラシが入らなくても、お客が行くだけの価値があると認めれば手間暇かけてでも店までやって来る。
また、あるSMではチラシの回数を増やし続けた結果、チラシサイズは小さくなり、1回当たり配布枚数も減って、撒くエリアがかなり狭くなっていた。近場のシェア確保を優先したのか、チラシ回数を減らすことへの不安心理なのか、週3本、年間150本のチラシは異常ともいえる。ある時、本部でテレビスポットを入れるとそれらの店の売上が急に上がった。チラシが行き渡らなかったエリアがテレビスポットによって反応したことになる。その後チラシ回数を減らしていった結果、チラシ準備にかかる人件費や目玉商品による粗利低下が減り、経常利益は月200~300万円増えた。販促は重要だが、チラシ、経費、商圏(お客の反応)、売上、利益の関係はそう単純ではない。それは手法が変わっても同じなのだろう。
◆商品ラインと商圏
ペットの専門店チェーンの顧客情報を分析したことがある。アンケートをとり、来店するエリアや購買頻度、購入商品、他に利用している店舗などを調べた。また、件数的には用品・フードほどではないが、生体販売では飼育方法などについての説明が必要になるから、その分の顧客情報もある。これらの情報から、犬・猫、小鳥・小動物、爬虫類、観賞魚などを総合的に扱う大型ペットショップでは、対象となる生体の種類によって客層、商圏、店の使い方などが全く異なることが分かった。商品ラインごとの特性をよく理解したうえで、販促手段などを変えていかないと効果的な販売戦略がとれないことになる。犬・猫はどちらかといえばSMに近い。フード・消耗品が中心であるため、商圏は比較的狭く、買わなくても見に来る、ついでに寄るなど来店頻度は高い。買い回る店も多いから他店の情報に詳しく、価格もよく知っている。それに対し、小鳥(特にインコ・オウム類)・小動物、爬虫類、観賞魚などは、取り扱う店舗も限られるため、生体の種類・珍しさ・入手しにくさによっては遠方からの問い合わせや実際にクルマ、新幹線などで来店するお客も珍しくない。頻度は低いが、時間と費用をかけるだけのことはあり、驚くほど高単価の生体も売れる。
そういえば、筆者が以前住んでいた近くに熱帯魚の王様といわれるディスカスの有名なブリーダーがいたが、いつも大阪ナンバーなど遠くから来たクルマが停まっていたし、海外からバイヤーが買い付けに来るとも言っていた。ペットの世界は世間一般より極端な購買行動が目立つが、それだけに分かりやすく参考になる。
◆食品の商品ラインではどうなのか
そこで食品の商品ラインと商圏の関係である。SMは利便性を確保するワンストップショッピング=フルラインを重視するため、同一商圏内に複数店舗があれば、みな同じような品揃え、価格設定になる。固定された位置(店舗立地)・施設・規模・取扱商品・営業時間など多くの点で物理的に制約された中で成り立っている。そうでありながら・固定された商圏の、・主婦を中心とした固定的な顧客の、・日常食という固定的な用途を対象として、・固定的な商品を販売する。お客も近い、安い、便利など使いやすい店を決めてそこで買うか、特売商品を見ながらいくつかの店を買いまわる。ただし、お客はその地域のSMが扱う同じような商品しか買うことができないから、自らの可能性と共にお客の可能性をも限定していることになる。この状況が長く続くと、これまでと全く違うタイプ、品揃えの店がオープンするなどすると、それをきっかけとして購買行動が大きく変わる可能性がある。
ペットショップの例ようにSMでも商品ライン毎に集客の違いがあるはずだが、おそらく、どのくらい商圏や購買頻度に違いがあり、それがどのように貢献、あるいは補完し合い、また逆に本来のポテンシャルが生かされずにいるのかなど分析することはないのだろう。例えば野菜が良ければ他の生鮮が多少悪くても買いに来るが、野菜が悪いと、他の生鮮が多少良くても敬遠される、….などである。(実際には組み合わせが複雑になる) いろいろな人に聞いてみると、商品の種類、使用場面・目的(例えば誕生日などのイベントやギフト・プレゼントなど)によって買う店・チャネルは確実に使い分けている。もちろん、ECも重要な選択肢であるから、単純にコンパスで引いた1次商圏、2次商圏などは当てにならない。EC時代の商圏概念は距離や時間ではなく、オケージョン、アプリ、プラットフォーマーなどである。
酒類、飲料、和日配・洋日配、総菜・弁当、野菜・果物、精肉・加工肉、鮮魚・塩干魚、冷凍食品、パン類、菓子類、デザート類、ギフト、各種グロサリー、….等々、取扱商品は様々あるが、場合によっては同じワインであっても用途によって店・チャネルを使い分けることは珍しくない。これが食べたい、こんな食材が欲しい、自分らしいギフトを贈りたい、…といった時、どんな商品、どんな条件であれば手間暇かけてでも買いに来るのか、という問題は商品戦略上重要なテーマである。直接的な売上・利益貢献ばかりでなく、店舗イメージ、集客、他の商品への波及効果など間接的なメリットも考慮する必要がある。商品構成分析では、たとえ販売実績ゼロでも他の商品の売上に大きく影響する「売ら(れ)なくてもよい商品」の存在が確認されており、それらの使い方次第で全体の販売実績が大きく変わることも分かっている。
日常食の食材とは異なる特別な買物(機会食)は客単価が高く、店の魅力・信頼の証にもなる。全てが平均的で顔も見えずに競合店の中に埋没するよりは、部分的でも飛び抜けた商品ライン(顔)があれば特定のお客が特別な日のために指名で買いに来る。SNSに投稿する価値もある。全てのお客が毎日くる必要はなく、「特定」「特別」であることに重要な意味がある。場合によってはポップアップストアのように期間限定、イベント的にアピールすることも有効である。飲食業では「日常食」と「機会食」を戦略的に使うことで、・客層を広げる、・購買機会を増やす、・客単価を上げるなどを実現している。「食」の意味を戦略的に使うことは重要である。
現在は、デジタル化に乗り遅れないことも重要だが、デジタル技術を生かすには消費者のライフスタイルや購買行動のメカニズムを理解し、活用する知恵、センス、仕掛け(企画)が必要になる。そのような意味では、デジタル化と両輪のもう一つである消費者や売場に関する情報(様々なメカニズムや法則など)を整理する必要がある。