(公財)流通経済研究所 理事・名誉会長
前回の論述を踏まえ、小売経営とDXシステムについて考察する。DXシステムでは、可能な限り多くの情報にアクセスし、かつ、それらを集中的に分析する仕組みを構築することによって、多種多様な情報を解析しつつ、多くの論理やルールを導き出すことができる。この論理やルールの導出にAIが作動するだけでなく、これにITと機械技術が連動することによって、その実行の自動化も進んでいく。近未来の小売経営は、この仕組みを基盤としない限り、生存・成長は極めて困難になる。
上記のシステム効果を享受するためには、まず、できる限り多くの情報を収集することが必要である。例えば、多様な地域・多くの店舗・多数の顧客から情報を得られる小売経営ほど有利になる。このことは、企業間ネットワーク化等による、互換可能なDXシステムの構築が優位に立つことを示唆している。次に、そうした仕組みを効率的に動かすためには、情報仕様の標準化や共有化が要請される。例えば、商品や機器の分類・表示等については、業界や国を超えて共通化していく。それは、日本で特に問題となっている物流の非効率性(積荷や包装の個別化による不便性・車両の待ち時間の長さ等)の抜本的改善にも連なる。
別の観点から見ると、差別化を標榜して自社独自のDXシステムを構築することは、むしろ非効率になっていく。かつて日本では、コンピュータの普及に伴う情報システムの導入が盛んになった頃から、その独自化が経営の差別化の1つとして捉えられてきた面もある。それは、グローバルな視野からみると、かなり陳腐化した考え方である。例えば、世界を股に掛けた競争を展開している欧米の有力小売チェーンの多くは、既に1990年代に入る頃から、情報仕様の標準化やシステムの互換を推進してきている。
おそらく、DXシステムは、経営の独自性を訴求する手段ではなく、それが依って立つインフラとなり、小売経営は、他社と互換性のあるDXシステムを基盤としつつ、品揃え・サービス・商品開発等で差別化戦略を展開していくようになる。ここで決定的な役割を担うのが人間の創造力である(次回、これについて具体的に論じる)。そうした戦略展開は、「おしゃれ」の上手な人が、他人と異なる服で個性を主張するのではなく、同じ服でも「着こなし」で勝負することに喩えられる。
DXシステムのインフラ化に伴い、川上から川下までの「流れ」を管理できる、言い換えればSCMを効果的に展開できる小売経営が競争優位を獲得していく。もともとチェーンオペレーションは、卸売と小売の統合であり、その意味で川下から川上への主体的管理を容易にし、そこから利益を得るSCMの可能性を秘めている。しかし、日本の小売チェーンの殆どは、多店舗展開による規模のパワーを行使しつつ、「メーカー⇒卸売」という伝統的な制度にSCMを任せてきたが、それは、物流や商品調達等をコストとして捉える考え方である。
前回述べたチャンドラーのいう「流れの管理」は、「流れ」から利益を得ることを意味する(管理・マネジメント・経営という用語は、本来、利潤を生み出す方式を指す)。近未来の小売経営では、店頭での販売だけでなく、SCMによって、物流や商品開発等からも利益を確保できる主体が優位に立つ。それは、AIを中核とするDXの機能が顕著に高まるため、物流や生産等が自動化され、卸売やメーカーが過去に築いてきた累積経験が効く程度が弱まり、小売チェーンの参入も容易になるからである。そこでは、顧客の心や行動を捉えつつ、ユニークな製品やサービス等を発想・開発・展開していく創造力が決め手となる。