『4. 業態進化の仕方の変化』   小松崎 雅晴先生

芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表

◆はじめに

アメリカのチェーンストアを参考に我国のチェーンストアは生まれ、成長してきたが、日本では都市部中心に鉄道の駅前が主要な商業立地であったことは大きな違いである。また、アメリカでは購買頻度の高い食品・日用品と低い衣料品・住関連商品などのノンフーズは異なる業態として形成されているが、日本では総合スーパー(以下GMS)、百貨店とも食品が売上、集客の重要な柱となっている。小売業ばかりでなくNTTがフードロスに取り組むように、今後、通信事業者をはじめとする各種サービス業、AI、ロボット・ドローン、5G、フードテック、アグリテックなど様々な事業者が「食」を中心にビジネスを展開する傾向がますます強まるだろう。

問題は、それら新しい技術・新しいビジネスの切り口に対して「食」ビジネスに新たに参入する事業者と既存の事業者がどのように対応し、どのように連携していくかである。一緒になって化学反応を起こすことも考えられるし、EC(ネット通販)が実店舗の脅威となったように新たな参入者によってマーケットが取って代わられることもある。

◆業態進化の仕方の変化

過去における業態進化を見ると比較的単純な動きをしている。おそらくワンストップ・ショッピングという概念が重要な役割を果たしたのだと思うが、専門店・専業店が商品ラインを徐々に増やして総合化していくという流れである。複合化、総合化によって店舗は大型化し、大量販売するようになると、商品は一般化しやすいアイテムに絞り込まれ、結果として専門性は薄れていく。店舗規模が力であった時代も、GMSが巨大なコンビニエンスストア(以下CVS)と揶揄され、商圏が狭まっていく構図・プロセスを見れば過去の話である。

EC(ネット通販)におけるロングテールという現象(ABC‐Z分析の売れないとされるC-Z商品の売上比率の方が高い)が言われるようになると、いよいよ実店舗は高頻度品中心にコモディティ色を強めるしかなくなる。実店舗で新たな方向性を打ち出したのはカテゴリーキラーである。狭く深くの専門店、広く浅くの一般量販店に対し、広く深く、かつ価格競争力も併せ持つ専門量販店は多くの可能性がある。品揃えと価格で広域商圏を押さえ、ECを加えればロングテールでも相乗効果が得られる。さらにサービスを加えれば、その分野のマーケット全体に網をかけることができる。専門特化したプラットフォーマーとして周辺企業を組み込めば競合も実質的に傘下に入る。「強いものはより強く」というマーケット支配の一つの進化プロセス、プロトタイプである。

◆動かない食品スーパー(以下SM)業態

ここ何年かのデータを見ると、「食」関連業態ではSM、GMSがシェアを落とし、CVSとドラッグストア(以下Dg.S)がシェアを伸ばすという構図がハッキリと見てとれる。安定した需要が見込める「食」マーケットは競争が激しいが、その割にはSM業態に大きな変化が見られない。

何十年か前にはアメリカで高級スーパーやウエアハウス型スーパー、自然食品スーパーなど様々なタイプの食品スーパーが生まれ、SMが様々なタイプに分化したことがある。成熟し、停滞すると新たな進化のために分化していくことは多くの分野にみられる現象である。日本でも高級スーパーを真似る企業があったが、什器や床の色、ユニフォームなどを変えても本質が何も変わら(れ)ずに消えていった。

SMはいろいろと変わっているように見えても本質はこの何十年の間大きく変わっていない。店舗規模が大きくなったり小さくなったり、立地が駅前、ロードサイド、郊外、ショッピングセンター(以下SC)と変わっても、日常食の食材を売るという基本的な機能は変わらない。時代とともに総菜が増え、グロサリー、冷凍食品などのアイテム数も増えているが、これなどは売場面積(広くなり中島什器本数が増えている)やメーカーの商品ラインアップの影響も大きい。

アイテム数神話(多いほど良いという根拠のない思い込み)は根強いものがあるが、専門店を志向しているわけではなく、コモディティ中心のワンストップ・ショッピングというポジションを考えれば矛盾していることになる。

消費者にとっての商品の意味・ポジション、売上状況(商品構成のマトリックス分析)や粗利貢献度(粗利率相乗積のABC分析)を調べてみれば分かるが、アイテム数の多さは品揃えの良さとは必ずしも一致しない。アイテム数を絞った方が良い商品(いつも同じ商品を継続して買う調味料のようなタイプ)、いろいろと見せながら変化を演出して飽きさせない、群として売っていく商品(お菓子やスイーツのようなタイプ)、…等々、商品にはいろいろなタイプがあるから品揃えや陳列・売場づくり・販促もその特性に合わせて変えていく必要がある。その方が商品回転率(少ない在庫で売上が上がる)が上がり、ロスも減るから粗利ミックスを用いた価格訴求もやりやすくなる。科学的に商品構成を組み立て、陳列技術で見せ方を変えれば、全体のアイテム数を絞っても品揃えがよく感じられ、買いやすくなってオペレーションも楽になる。お客にとって見やすく、選びやすく、買いやすい売場はスタッフにとっても維持・管理しやすい売場になる。

いずれにせよ、現在のSM業態は完成形なのか、それとも進化を忘れて冬眠中なのか、という議論は必要だろう。

1500坪のSSM、西友のフードプラス、H&BCを加えたマックスバリュ、レストラン併設のグローサラント、生産者の直売所を併設したJA系SMなど、いろいろな試みはあるが、いずれも既存のSMフォーマットはそのままに何かをプラスした形であるから、基本的にSM部分は固定され、何も変わっていない。進化するためにも、イオンがGMSを解体したような思い切った実験的試みが必要だろう。

進化の方向は限られている。商品ラインを絞り込むか/複合化、総合化するか、専門化するか/一般化するか、というのがこれまでの選択肢であり、多くは複合化・総合化し、一般化してきた。おそらく今は特定分野に絞り、専門化してその中で広く深く追求する形になるのだろう。

商品を水平統合(総合化)して進化が止まったなら、商品を分化して垂直統合(生産・製造、飲食、調理、体験研修、マッチングなど各種サービス)するパターンが生まれるのはいたって自然な流れである。これまでが物販中心に商品ラインの統廃合をしてきたが、物販にサービスをミックスする形は未だ見られない。デジタル技術を使った新たな機能ミックスはこれからだろう。

現在はコロナ禍で飲食業が壊滅的な状況に陥り、小売業がその分大幅に利益を伸ばすなど「食」マーケットは大きくバランスを欠く状況にある。しかも簡単に原状回復するとも思えない。このような環境下では、黙って状況を見守るのも一つの選択肢だが、日常食の食材販売という固定されたマーケットから他のマーケット(例えば飲食業が失ったマーケット)へと一歩踏み出すことも重要な選択肢になる。

顧客ターゲットは主な調理者である主婦以外にもいる。一般的に客単価が高いのは男性客やグループ、団体であるし、飲食業界が機会食の日常食化、日常食の機会食化に取り組んでいることも参考になる。日常食とは別にバーベキュー、誕生日などのパーソナルイベント、節句、クリスマスなど季節歳時に関係する「食」は確実にマーケットの一角を占めており、客単価も高い。

もし、それらのマーケットでSMが受け入れられていないとすれば、ただ物を並べているだけだからと理解すべきである。新たなマーケットを開拓するには、それなりの準備がいるし、仕掛けやアピールも必要である。ただ既存の売場に商品を並べPOPをつけただけで新たな顧客ターゲット、新たなオケージョンがゲットできるなどということはない。

参加体験型など五感で感じる変化があればお客は反応する。誰かがSNSで発信すればリアクションも起こる。昔、商品・売場を育てるのに3年かかったが、いまは瞬時に変わることもある。逆もまた早いから心してかかる必要があるが、少なくとも昨日と同じ今日、今日と同じ明日では確実に衰退する。

現在は「食」の意味が大きく広がっている。コロナ禍ではパンやクッキーなどを自宅で焼くことが流行ったが、これなどは消費者とSNSが開拓したマーケットである。小売業は何もしていないし、商品の確保もできなかった。

方向性はある程度見えている。観光業はずいぶん前から「sightseeingではなくsight doing」であるし、多くのビジネスが参加体験型、時間消費型へとシフトしている。

スーツなどフォーマル衣料を扱う業界は着る機会が減ったことで構造不況に陥ったが、自ら着る機会を創出しようとはしていない。他の業界とタイアップしてイベントを企画し、ドレスコードを設定するなど「着る機会」の創出に動けば、何らかの形で効果は表れてくるだろう(アメリカは教会やパーティなど機会が多いが日本はほとんど機会がない)。

小売業では現状の延長線上で「デジタル化=EC強化」ととらえる傾向が強いが、物の充足以外のマーケット(状況の改善・充足)へは目を向けようとはしない。物余り・供給過剰時代のマーケティング戦略としてはあまりにもストレートすぎる。

目の悪くない人に眼鏡を売ったJINS、スポーツ経験のない女性に体操をやらせたCURVES、いつの時代もそうであるが、業態進化の中心になれるのは新たなマーケットを創出した企業だけである。

何かが起こるのを待っていても何も起こらない。