芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表

◆はじめに
先回、「いろいろなマーケットの見方」の中で「地下化する(表から見えなくなる)マーケット」という表現を使ってECについて触れた。今回は実店舗という既存のチャネルとは異なる形でマーケットを形成するECについてもう少し見ていきたい。
従来であれば当たり前であった実店舗店頭、現品販売によって成り立つマーケット、それに対し、時間や場所にとらわれず、いつでも、どこでもパソコン、スマホなどのデバイスとアプリを使って買い物ができるECマーケット、現在は性格が異なる2つのマーケットが混在している。「令和2年電子商取引に関する市場調査(経済産業省)」によると物販系分野の B to C-ECの市場規模合計は12 兆 2,333 億円(対前年伸び率21.71%、EC 化率 8.08%)、内訳は「生活家電・AV 機器・PC・周辺機器等」2 兆 3,489 億円(同28.79%、同37.45%)、「衣類・服装雑貨等」2 兆 2,203 億円(同16.25%、同19.44%)、「食品、飲料、酒類等」2 兆 2,086 億(同21.13%、同3.31%)、「生活雑貨、家具、インテリア」2 兆 1,322 億円(同22.35 %、同26.03%)などであり、上位 4 カテゴリーで物販系分野の 73%を占めている。
いずれのカテゴリーもコロナ渦の影響で市場規模は大幅に拡大しているが、「食品、飲料、酒類等」は20%以上伸びてもまだEC化率が3.31%と他のカテゴリーと比べてかなり低い。他の商品分野と違い、自分で現品確認したい、色々な商品を見ながら買う商品を決めたい、すぐ使うから持ち帰りたい、…など、商品特性、買い物習慣が影響していると考えられる。
事業者の立場から見れば実店舗とECは販売形態の違い、チャネルの違いということになるが、消費者の立場からするとこの違いは結構大きい。実店舗であれば、何の準備もせずに店に行き、売場を一通り歩き回れば、お買い得商品などいろいろな商品が目に飛び込んでくる。目に留まれば手にとって現品を確認し、買うこともできる。いたってシンプルである。一方、ECでは目的、意図・意思をもってデバイスとアプリを操作し、キーワード検索しないと目的の商品に辿り着けない(ある調査ではキーワード検索でほしい商品に辿り着けなかったことがある66.1%、見つからない時の再検索は3回まで79.3%、試さないを入れると85.9%)。売場で買い物するのとは違い、商品を見るにも一品ずつ、最低でも買う商品の数だけの検索と商品確認を繰り返し、買うのであれば買い物カゴに入れて最後に精算するという作業がある。複数のサイト、また同一サイト内でも価格が違うことがあり、日によって割引率やポイントの付与率も変わるから、情報・知識・スキルなど買うことへの慣れがないと目的の商品を手際よく、かつ安価に買うことは難しい。
EC化を「地下化」と表現したのは、実店舗・現品販売のように表に見え、誰でも、意図しなくても見える・買える世界と違って、自分の意志で、何らかのデバイスとアプリを使い一定の手続きを踏まないと見る・触れることができない=これまでのように実店舗の感覚でいるとその世界に入れない、思うような買い物ができないという意味を込めている。
ただし、いろいろな実店舗を探し回っても見つからなかった商品が、ECでは簡単に手に入ることもあるから、それだけの手間と知識・スキルを駆使するだけの価値はある。筆者も経験があるが、古くなってメーカーの保存期間が過ぎた部品などは正規ルートでいくら探しても手に入らないが、ECだと見つかることも多い。ECの世界にいったいどれだけの商品があるのか見当もつかないが、時間軸を含めた大きな広がりと可能性があることだけは確かである。
筆者がはじめてヤフオクで錦鯉を見つけた時は、何かすごい発見をしたような、感動すら覚えたものである。子供の頃に飼っており、また飼ってみたいと思っていた。しかし、すでに錦鯉を店頭で見ることは少なく、市場から消えてしまったとばかり思っていた。その後、たまたまヤフオクを見てみると色とりどりの錦鯉がたくさん出品されており、衝撃を覚えたものである。まさに流通が丸ごと実店舗からECへと移り、表(一般の人)からは見えない地下に潜ってしまったかのようである。ただし、どんな商品を探すにしても、実際にECで検索をしなければ、その扉が開くことはない。実店舗・現品販売であれば、意図するか否かに関係なく不特定多数の人の目に触れる機会もあるが、ECでは意図し、検索をした人だけしか触れることができない。ある意味、広く一般に開かれているようであっても、細かな部分になると特定の人だけを対象とした閉ざされた世界に変わる。
錦鯉のように店頭からECへとシフトしていくものもとは別に、はじめからECのみでマーケットを形成していくケースも増えており、EC(地下化して表から見えない)で扱う分野はどんどん拡大し続けている。ヤフオク、メルカリ、PayPayモールなどの中古品市場、CtoC市場(個人間売買)、さらにサブスクリプションなど、潜在的な成長性、可能性ははかり知れない。
◆ロングテールの法則 実店舗が形成するマーケットとECが形成するマーケット
かつて実店舗における商品売上はA商品と呼ばれる上位20%のアイテムで売上の80%を占める=20:80の法則などといわれ、このことがABC(-Z)分析でA商品を重点管理することの根拠とされてきた。(近年はアイテム数が増えているため、筆者が算出した商品では40~50%が多かった。また、商品にもよるが、売れ(ら)ない商品の存在が他の商品の売れ行きに効果的に影響することも確認されている。商品構成のバランスを無視して機械的に売上の大小だけで判断するやり方がすべての商品に当てはまるわけではない。)
ところが、「ロングテールの法則*」によれば、ECでは実店舗におけるABC(-Z)分析のC-Z商品のウエイトの方が高かった。実店舗を前提とした従来の常識とは全く逆の結果である。(*Amazon.comなどのビジネスモデルを説明するために米『Wired』誌の編集長であるクリス・アンダーソン(Chris Anderson)が提唱した)
店舗を持たないECは、商圏が広く、在庫を集中管理できるなどコスト面、仕組み面のメリットが大きく、購買頻度が低い専門商品・特殊商品などの取り扱いでは有利になる。このことは実店舗の商品戦略上の選択肢を狭めることにもなる。
店舗規模(売場面積・駐車台数など)によって、商圏(=マーケットサイズ)や在庫スペースが物理的に限られる実店舗は、品揃えできる種類・量も限られ、コモディティ色を強める傾向にある。結果として近隣の競合店と品揃えや売り方なども似かより、近い、安い、便利が来店理由の店が増えていく。売上上位のA商品は実店舗の多くの業態間で競合し(商品によってはECも)、差別化の有効な手段となりうる専門商品・特殊商品ではECと不利な競争をしなければならない。生き残るにはPB商品に特化する、サービスを強化するなどしかないが、PB商品には無印商品を真似たものが多く差別化が難しい。技術的に商品構成や売場づくりで違いを生み出すこともできるが、歴史的に量販店はこれらの技術を重視しておらず得意とは言えない。
◆ECへとチャネルを移す商品、はじめからECに特化する商品
①マーケットが限られる専門商品・特殊商品
マーケットが限られる専門商品・特殊商品は、実店舗の限られた商圏では需要が少なく現品販売に向かない。ECであれば店数分の在庫を持つ必要がなく、全国を相手にできるから一定の需要を確保しやすい。実店舗は不特定多数の消費者を相手にするが、ECには目的をもって商品を探す消費者がやってくる。
ECを活用する産地・生産者直売などでは、ふだん店頭では見られない様々な商品を数多く扱っており、クーポンや割引を含めた価格的優位性もある。また、米や柑橘などの果物類は量販店の店頭に並ぶと細かな情報・識別はないが(ミカンはどれも全てミカン)、ECでは産地・生産者がその商品の特徴を詳しく説明し、アピールする。購入に際しても、ワンストップショッピングの店頭と違って特定商品にフォーカスする分、提供する側、買う側共に商品に対する向き合い方が深くなる。問い合わせなど事前にメールでのやり取りがあり、届いた商品に生産者からの一言でも添えられていれば、それも買い物体験の重要な一部となり、商品・買い物の評価に影響するバイアス効果となる。
改めて考えてみると、売場スタッフと一言も会話することなく買い物が終わるセルフサービスの実店舗(それはそれでシンプルだが)よりECの方がはるかにコミュニケーションが取れる場合もあり、買い物体験を繰り返すことで、消費者にとってのECのポジション(ECに対する感覚・評価など)は決まっていく。このような消費者の評価(実店舗とECをどのように見ているか、位置付けているか)は実店舗側からは見えないし、知ることもない。そのような意味で「地下化」は実店舗側から見たECということにもなる。
②生産者・産地もメーカーなどのECを用いた直売の拡大
生産者・産地がECを使って販売することについて「小売業に決められた品種、規格、価格ではなく、自分たちで決めたい」ということをよく聞く。実際に農産品などの生鮮品は、出荷する際の条件が厳しいとコストや手間ばかりがかかり、出荷できない商品ロス(歩留まりが悪い)もバカにならない。
先日、未利用魚を専門に扱うサイトを紹介する記事を読んだが、近年、IT系の個人・ベンチャー企業などが生産者と組んで、未利用魚のようなこれまでムダにしていた商品を安く消費者に届け、Win-Win-Winの関係を構築する動きが見られるようになっている。メーカーも小売りチャネルとは別に、独自の商品をECチャネルで販売するケースが目立っている。
デジタル化が新たな流通革命を促進しているとも言えるが、そうであれば、かつて流通革命の旗手として流通近代化を主導した量販店も次なる進化を目指して「大量の論理」が抱える構造的矛盾に何らかの形で対処していく必要があるだろう。