
芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表
■はじめに
今回は物の充足から状況の改善・充足へ、物中心から自分中心へとウエイトを移すマーケットについて整理していきたい。
かつて日本では、海外旅行はブランド品の買い出しツアー、余暇(レジャー)はクルマやアウトドア・レジャー用品の購入、豊かな生活空間は絵画などの美術品や高級家具・インテリア、ブランド食器の購入、…、というように常に豊かさ(の象徴)を「物」に求めてきた。しかし、バブルが崩壊したことで、ソリューション概念は「物中心=物の充足」から「人・自分(消費者)中心=状況の充足・改善、成長」へと移っていったと考えられる。「状況の充足・改善、成長」の中にはもちろん物によって得られる部分も含まれるが、単に物が満たされればよいのではなく、それが人・自分の精神的・心理的な充足・改善、成長につながることが重要になっている。物に偏重した充足・過剰が結果としてゴミ屋敷や断捨離、片づけで世界的に有名になった「こんまり(こんまり®流片づけコンサルタント近藤麻理恵氏)」などを生み出したとすれば、物が溢れる時代、流通・小売・サービス業が果たすべき役割は、これまでとは本質的に違ってしかるべきだろう。
現在は行き過ぎた「物の充足」の反省から、SDGsなど、いろいろな意味で価値観・行動の転換が求められている。そのような時代の変化をとらえて、ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員 廣瀬 涼氏は、『「クグる」よりも「タグる」Z世代の情報処理に関する試論的考察 ニッセイ基礎研レポート2020-11-19』の中で、次のように説明している。
『以前はいわゆる“インスタ映え”のように、写真として映えることや承認欲求を充足させることが商品に求められ、機能性よりもその見た目で選別されることも多く、「物撮り」と呼ばれるような写真を撮ることを目的として購入されることも多かった。しかし、「トキ消費」や「コト消費」を、動画投稿を通じて行うZ 世代(1996~2012 年の間に生まれた世代)は、その商品を消費することで自分ならどのようにその商品を消費し、表現することができるかという、「モノ消費に見えるコト消費」によって自分らしさを追求している。そのため、モノを購入することで物質的な豊かさを実感したり(70 年代)、流行やブランド品で他人と差別化しようとしたり(80 年代)するなど、所有に重きを置いて物品が購入されていた世代とは異なり、購入した商品を使用したことによる結果から逆算して、消費の意思決定をしていると筆者は考えている。』
「消費すること」の意味が多様化していることを考えれば、商品流通も質的に変わる必要があるのだろう。
■状況の改善・充足、自分中心に向かうビジネスモデル
マーケットの変化を示唆するビジネスモデルは、分野は違っても物やサービスが自分中心に向かっているという点で共通している。
①無印良品(MUJI HOUSE)
「無印良品(MUJI HOUSE)」はURと連携し、従来のリノベーションから更に一歩踏み込んで住宅やその周辺までをコーディネイトするという。単に無印良品の服を着ている、ステーショナリーや日用雑貨を使っている、というのとは次元が違い、24時間365日、MUJI HOUSEのリノベーション住宅で「無印的暮らし方・住まい方」をするように変わる。物単品の寄せ集め生活とは異なり、一つのコンセプトに基づいた暮らしを実現することで、無印良品は、衣食住余(暇)全般に渡り、より人々の生活に関与するポジションに移行しつつある。トヨタが計画するスマートシティ「ウーブン・シティ」などとの連携ができれば、小売業が目指す未来の形が見えてくるかもしれない。
②ティム・ガンのファッションチェック(Tim Gunn`s Guide to style)
ずいぶん前になるが、アメリカの著名なファッション・コンサルタントである「ティム・ガンのファッションチェック(Tim Gunn`s Guide to style)」というアメリカのテレビ番組を見たことがある。
ティム・ガンは日本のテレビ番組に見られるファッションチェックのように、消費者を茶化し、一方的に意見を押し付け、着せ替え人形にするようなことはしない。体型コンプレックスや服のセンスに悩む一般女性をリスペクトし、ファッション中心に物事の見方・感じ方、アイデンティティ、コーディネイトなど、様々な視点から質問し、疑問を投げかけ、時に意見を交わすことで、自らゴールに辿り着けるように導いていく。コンプレックス、先入観を排除し、改めて自分の体型に合うファッション・ルール=自分という人間を表現するのに適した服装のパターン、スタイルを発見し、洗練され自立した自信溢れる一人のレディに変身していく。そのプロセスが多くの視聴者に感動を与え魅了するのは、それが多くの人々が望む姿だからだろう。
ファッションを単なる流行の服、高価な服という物(商品)の次元ではなく、一個人のアイデンティティ、人間そのものととらえることは、ファッションビジネスを単なる物売り業から新たなステージへと進化させる重要なカギになる。精神的・心理的な充足・改善によって消費者を楽しませ、豊かにし、成長させ、幸せにことするはファッションの本質でもある。モノ・コトの本質、基本に帰ることが求められている。
③ABCクッキングスタジオ
テレビで紹介されたABCクッキングスタジオを見ると、単に料理を教える/習う(提供するサービス/得られる知識・技術/代価の関係)という機械的な関係ではなく、あくまでも料理は手段で、本質的には受講者の精神的・心理的充足・改善、成長を中核においたビジネスといえる。
1つの体験レッスンが終わった時、料理の出来栄え、知識・実技の習得といった機能的成果とは別に、受講者がそこで過ごした時間・体験を楽しみ、充実感を得えることで、メンタル的にポジティブになれたか否かが重要な意味を持つ。普段つくることのないお洒落な本格的料理がつくれたという非日常的感覚、体験レッスン後につくった料理をみんなで食べる女子会的「場」の解放感・高揚感、かつてガラス越しに見た憧れの「場」、今そこに自分がいるという優越感・達成感、…等々。さらに講師の評価には受講者のリピート率が考慮されることもあり、講師は常に受講者が気持ちよく受講できるように良いところを探して褒めるなど様々に工夫を凝らすという。受講者に支持される要素の組み立て方、道具立ては実に巧みである。
ネットにはテンションの高い「リア充;リアル(現実)の生活が充実している人」と揶揄する声もあるが、むしろそのポジティブさが多くの人を引き付けていると考えるべきだろう。
知識や技術だけを身につける料理教室ではなく、気持ちよく楽しい時間を過ごしながら自分が進化・成長できる「場」、女子会的「場」、日常では体験できない新たな体験ができる「場」、新たな自分を発見できる「場」、自分にとっての新たな居場所・コミュニティ、…等々、輝ける「場(時間・空間)」を提供することが支持につながっている。
④RIZAPグループ
RIZAPは、一般的にスポーツジムというとらえ方をされがちが、単に運動をして汗を流す、身体を鍛える、ダイエットするのとは異なり、前述のティム・ガンやABCスタジオの健康バージョンと言えるだろう。 テレビCMに見られるような身体的変化は、自信と優越感を得ることにつながる。不健康な生活習慣を是正し、健康的な生活習慣を身につけることは、多くの人が欲していてもなかなか独りでは成し遂げることができず諦めていたものである。それが実現できたという事実は大きなインパクトを持って受け入れられる。
身体づくりのノウハウをベースに今では英語やゴルフなどへもビジネス分野を広げているが、自分一人では成し遂げることが難しい「理想の姿を手に入れる」ことは色々な意味で夢であり、メンタル的にも人間を大いに成長させ、ポジティブに変える。
⑤こんまり®流片づけ(近藤麻理恵氏)
一時期テレビでよく見かけた片づけコンサルタント・近藤麻理恵氏も、アメリカに活動拠点を移してからは世界の「こんまり」として活躍している。当初は個人宅を対象として片づけ方を指導していたが、いまではビジネス分野で「働き方改革」までも「こんまり®メソッド」の対象となっている。物理的な物だけでなく、仕事そのものやパソコンの中のファイルまでもが片づけの対象となる。また、欧米でのヒットは、片づけを通して心の中を見つめ直すことが「禅に通じる」ことから「こんまり®メソッド」を通して得られるメンタル面でのメリットが注目されているという。
心理学者の「物を持ちすぎて家が散らかった人ほど、生活への満足度や生産性が低い」という研究結果も紹介されているが、人・自分の状況の充実・改善は人を成長させ、心を豊かにし、幸せにするということになる。実際、『「こんまり」流片づけ術、本当に整理整頓で頭がすっきりするのか』(BBCニュース2019年1月23日)には、ネットフリックスの「KonMari~人生がときめく片付け理魔法~」という番組を見たロンドン在住のカップルが、自宅にある物を減らし、仕事場を片づけたことで、躁うつ病だった男性ばかりか、カップル二人とも心の健康が目に見えて改善されたという話が紹介されている。
「消費者を豊かにする」のが、すでに物の充足ではなくなっていると考えれば、新たな時代の「豊かさ」を提供する商品・サービス流通の形を早急に定義する必要がある。
あるアパレルのシェアビジネスをはじめたキッカケが「似たような服がたくさんあっても通勤に着ていける服がないという奥さんの一言だった」という話を聞いたことがある。着(られ)ない服をたくさん持つよりも、着(られ)る服をサブスクリプションでシェアした方が、スタイリストのアドバイスもあってファッションを楽しめ、便利で使い勝手もよいという。「所有より利用」という切り替えができた時、多くの人が「物の呪縛」から解放される。
消費の意味・形は確実に変わっている。