『8.「食」」のマーケットその4 変わるマーケット-1』     小松崎雅晴先生

芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表

■はじめに

物がない時代、物に対する欲求は、いたって単純でリーズナブルである。物がないから欲しくなるが、充たされればすぐに欲求は解消し、他へと移っていく。ある意味、短期間で次から次へと変わるファッション・アパレルや新機能商品が次から次へと開発・発売される家電製品など流行性の高い商品に向いたマーケット環境ともいえるだろう。

我々にとっての欲求は、ある程度の情報量と満たされる可能性があって、はじめて具体的なものとして認識される。情報が全くなければ認知することはなく、逆に多すぎれば対処しきれずにスルーするしかない。また、あまりにも現実離れしていれば話だけで終わるし、簡単に満たされるものなら欲求として認識されることもない。

バブル経済以前から我々が時間をかけて経験的に学んできたことは、『物に対する様々な欲求が満たされるという経験を積めば積むほど、簡単に手に入る物に対しての「飽き=価値の低下・喪失」は早く、また、物が簡単に入手できる・物が身近に溢れているという「状況に対する慣れ・飽き=価値の低下・喪失」もすぐに訪れる』という事実である。

現在のように物も情報も短いサイクルで増え続ける時代では、たとえ一時的に興味を示したとしても対象の量とスピードの速さについていくことはほぼ不可能と思えるほどに難しい。

さらに、専門サイトやSNSに溢れる画像、動画、レビュー、体験記事などによって簡単に疑似体験、追体験することができてしまえば、ちょっとした興味くらいでは欲求にまで高まることもなく消化(昇華)、あるいはスルーしてしまう。

身近にある多くの情報がもたらす疑似体験、追体験(評価や達成感)の果たす役割は確実に大きくなっている。

溢れる物・情報に対する消費者の知恵、防御手段ともいえるが、昔のAIDOMA・AIDASのような、モノ・コトに対する認知から興味、欲求、購入という流れは変わり、購入前にSNSなどの情報やレビュー、場合によってはVR(virtual reality:仮想現実)・AR(augmented reality:拡張現実)などによる疑似体験、追体験というステップが入り、実際のモノ・コトにまで行きつかずにそこで終わってしまう、あるいははじめからそこが最終到達点となる可能性が高まっている。

◆任せたい・面倒な買物、自分で選びたい買物   価値によって消費者は購買行動を変える

現在は、必需品などの物(商品)に対する単純な補充作業的購買プロセスとそれ以外の意味・価値・目的(二次機能**三次機能***)を持つ物(商品)や状況の充足・改善に関連する物(商品)の購買プロセスが識別されることなく、混同してとらえられている。特に消費者が日常的に触れる情報量が飛躍的に増え、購買・消費のバックグラウンド・仕方も大きく変わっていることを考えれば、目的やシチュエーションに応じた提供の仕方は重要な要素になる。(*基本機能;ものがものとして成り立つ必要最低限の条件、**二次機能;本機能以外の副次的機能、***三次機能;ブランドのようにものとは別に独自の意味を持ちだしたもの)

博報堂の調査レポート「『選ばない買物』へと向かう生活者(2018年1月31日)」では、消費者の購買行動と商品カテゴリーの関係を次のような切り口から整理している。

過去における買物は、高度経済成長期における「揃える買物」、安定成長期における「憧れる買物」、失われた15年における「賢い買物」など状況も性格も異なるが、それぞれの時代において買物には「楽しさ」があった。それに対し、現在は情報、商品、買い方とも大量、複雑で我々の処理能力をはるかに超えており、買物そのものが楽しみではなく「ストレス」になっている。もはやすべての分野で「賢い買物」は不可能と割り切り、そこでストレスを回避するために「手間を掛けたい買物」と「効率を重視する買物」を意図的に分けている人が7割を超えるという。

消費者が「選べない」「選ばない」という状況は、すでにジャムの試食販売(試食の種類が多すぎると返って買上率が下がる)、ベビーカー(多すぎると選べずに買うのを止める)など、選択の科学、決定回避の法則などとして知られている。

どの商品が・どのように優れているのか・お買い得なのか・自分にとってよい選択なのか、…など、情報量・選択肢が多すぎて情報収集・判定能力を超えた場合、消費者は思考を停止し、一連の買物行動を放棄してしまう。

博報堂の調査レポートで「任せたい・面倒な買物」に分類されたのは、生活家電、娯楽家電、情報機器、有料スマホアプリ、金融商品、教育・学習教材、旅行・交通、有料定期配信サービス、ファッション系定額サービス、外食、医薬品・サプリ、洗剤、ボディ・ヘアケア品、化粧品、加工食品の15カテゴリー(うち「食」に関するカテゴリーは2つ)、一方、「自分で選びたい買物」は、生鮮食品、菓子・デザート、アルコール飲料、調味料、清涼飲料、オーラルケア品、家具・雑貨、ファッション、書籍・音楽・動画、映画・ライブ・スポーツ観戦、自動車、住宅の12カテゴリー(うち「食」に関するカテゴリーは5つ)である。

前者は商品の種類が多く、複雑で、しかも入れ替わりが激しい。商品を理解するには専門知識・経験が必要であり、素人が独自に取り組むにはハードルが高い。

一方、後者は、身近にあって入れ替わりが早く、比較的安価かつ消費して無くなり、失敗してもリスクが小さいなどトライユースしやすいものが多い。嗜好性が高く、自分の感覚で判断したい商品でもある。自動車、住宅など異質と思えるものもあるが、これこそ他人に任せられない重要な買物ということだろう。

「任せたい・面倒な買物」については、プロやAIに託すことで手間をかけずに一定のクオリティ、コストパフォーマンスを担保する。その分の時間・エネルギーを直感的、感覚的に楽しめる分野にまわすことで、全体のバランスをとり、消費生活を楽しむというのが情報過多時代を生きる消費者の知恵・工夫ということになる。

これらのことから何となく見えてくるのは、情報の量・鮮度と消費者にとっての商品・買物の意味・価値である。専用アプリから常に興味・好奇心を掻き立てるような多くの情報が提供されるカテゴリーか/日常的、定型的で情報源・情報量とも限られる地味なカテゴリーか、自分にとって重要な意味を持つ商品・買物か/単なる補充作業的な商品・買物か、それによって消費者は明らかに態度を変える。

■二次機能・三次機能へと変わるマーケット、変わらない基本的な構図

日常的に消費する必需品であれば、定型的で単純な補充作業的プロセスで十分事足りる。一度商品設定をしてしまえば、あとは消費量と発注サイクルのコントロールという機械的なプロセスで十分事足りる。価格も定期購入割引や類似する同等品からその時の最安値を自動判別して購入する形をとれば、低価格保証が可能になり、コストパフォーマンスを維持しながら手間と時間を省くことができる。

それに対し、消費者が目的や意味・価値(二次機能・三次機能)にこだわりを持つ商品・買い物の場合は、その特性に応じて購買プロセスを変えた方が価値を認知しやすくなる。

重要なことは、消費者が手間と時間をかけるだけの価値が認められる買物体験をどうプロデュースするかである。特に物(商品)が溢れる時代、物は状況の充足・改善、成長などに有効な構成要素=状況を構成する一つの重要なパーツorツールとしての役割を果たす。*基本機能から二次機能への転換である。

ただのニンジンが赤・黄・紫など鮮やかに食卓を彩る演出道具、あるいは健康のために毎朝飲むジュース=ライフスタイルを構成し、価値を生み出す重要なツールとなるには、それに応じた購買シーンやプロセスが必要になる。

現在、食品スーパー(以下SM)という店の形態、取扱商品、陳列方法など、どの店も同じようにしか見えない。理由は、どの店も提供する商品が日常食の食材・調味料という同じポジションにあり、それらの使い方、食べるシーンなどは全く考慮されていないからである。素材・調味料という「物」としての意味(基本機能)、位置づけでしか扱っていなければ、たとえ使用するシーン、目的が違っていても全ては同列であり、そこに何の違いも感じられない。何らかの意味を持たせるのは、買い求めてそれを使う消費者である。

店舗の多くはそこまで踏み込まないというスタンスで店づくりをしているから手離れはよいが、マーケットの広がり、可能性を自ら限定してしまう。飲食店がテイストやオケージョンで棲み分けているのとはスタンスが違う。

消費者の志向、あるいは購買行動について、ここ何十年かの推移を見れば、物がなく、物の充足が主な目的だった時代から、バブル経済、バブル崩壊、価格破壊、デジタル化・サービス化、….というようにマーケット環境が変わっても、基本的な構図は何も変わっていない。

物がない → 物が充足 → より良い物へグレードアップ or 他ジャンルの物へ対象の切り替え

ステージ変更 → 物の充足から状況の改善・充実へ → より良い状況へとグレードアップ or 他ジャンルの状況の改善・充実へ切り替え、..。

欲求の変化の仕方を見れば、物が充足した後には同じジャンルでよりグレードアップする、または欲求が満たされたとして他ジャンルへ向かう。それも満たされれば物から状況の充足・改善へとステージを変える。(一時的に空白という状態も考えられる)

状況の充足・改善も同様で、欲求が満たされるレベルになれば同じジャンルでさらなる高みを目指すか、他のジャンルへと移行する。

このようなサイクルがクオリティを高めながらスパイラル状に繰り返したとしても、進む方向は大きく変わることなく、人々が良いと思うもの、望む・求める方向はある程度限られる。

重要なことは、基本となるステージ、サイクルの中でのポジション、その中で重要な役割を果たす構成要素、結果に影響を与える要因、そしてステージが変わる時のトリガーがどのようなものであるかを明確にすることである。

それらが売場構成の中にはめ込まれていれば、店内を回っていても楽しめるし、次のステップ・ステージへのイメージも広がる(消費者は次に何を求めればよいのか)。消費者の欲求を刺激し、導くための重要な要素である。

このようなメカニズムに商品、売場が対応していけば消費者はその状況をポジティブにとらえ、精神的・心理的に満たされていく。オペレーションからデザイン、プロデュースが重要な時代に代わっている。