『これからの人材開発:創人の育成』 上原征彦先生

(公財)流通経済研究所 理事・名誉会長 

DX時代の戦略の成否は人間の創造力で決まると示唆してきたが、この創造力の育成について論じてみる。N.ハーシュ(社会心理学者)は「天才は創造し、才人は改良する・・・天才の人生の目標は創造であるが、才人は大望によって活気づけられ、その人生目的は権力にある・・・」と述べている。S.アリエティ(精神医学者)は、この見解を支持しつつも、多くの研究から、才人は学力・知能を高める(例えば塾に通わせて受験勉強で鍛える)方法で育成が可能であり、天才が持つ創造力は、生得的な特性を引き出す方法によっても、これを育成できると主張している。

才人は権力を志向するが、それは必ずしも有害ではない。何故ならば、組織は権力によって構築され、また、才人の鍛えられた知能(知力≒学力)は、組織の改良と発展に寄与する可能性を持つからだ。但し、凡人が、才人になる努力をせずに権力志向に走ると、組織を劣化させる危険も多い。DX時代の経営主体は、そうした危険を極力回避しつつ、才人と凡人の双方の創造力を高めるべく、新たな人材開発の方向を見出す必要がある。

既に示唆したように、才人や凡人でも育成によって創造力を身に付けることができる。この育成された人材を創人と呼ぶことにする。既述のS.アリエティによれば、全ての人間は出生の時から独自の創造力を潜在的に保有している。この潜在性を一次過程と呼ぶが、成人に向かうにつれ、世の中に同調する二次過程が強固に作用し、これが一次過程を抑え込むため、創造力が顕在化されず、殆どが凡人や才人で終わる。そこで、この抑え込まれた一次過程を顕在化させ、凡人や才人を創人に育成していくのが三次過程である。

三次過程による創人の育成については、多くの研究から、対象者に「自律と協働との連動」を学習させ、彼等に事物の本質を独自に把握できる能力を身に付けさせることだと結論づけられる。ここでいう「自律」とは、他者に依存せずに1人で考え、独自の見解を構築していくこと、「協働」とは、自分の視野を広げるために、多様な他者と連携しつつ問題解決に当たることを指す。時流の変化に合わせて組織が革新を実行していくためには、構成員に自律と協働を同時に課し、各々の創造力を育成していくことが必須となる。

前稿でも示唆したように、小売経営の真髄は、地域創生とグローバル化という2つの脈絡の交流による相乗効果の創出にある。地域創生は、各店舗での様々なコミュニティ事業の開発(関係創造)によって、また、グローバル化は、サプライチェーンに係わる製品やサービスの開発(機能創造)によって、それぞれ展開される。

上記の2つの脈絡は、それぞれ、多種多様な現場から構成される。人材開発の仕組みとして、各々の現場要員が、自分の仕事からどんな新事業が生み出されるかを独自に思考でき、かつ、他の多くの現場と人事や情報を交流できる組織の構築が要請される。そこでは、もちろん、地域創生とグローバル化という2つの脈絡の交流が基軸となる。こうした緻密なネットワークが、地域経済とグローバル経済の相乗効果を生み、地域の繁栄に繋がる。このことは、前稿で述べた古代地中海文明を開花させた商業の役割に喩えることができる。

DX時代の小売経営は、上述のごとく、企業内で人事や情報の交流が緻密に行なわれ、現在からみると極めて複雑に見えるため、頭の古い人は、専門性が育たないと嘆くかもしれない。しかし、AIによって殆どの作業が自動化されると、「自律と協働との連動」による人間の創造力が高度な専門性の構築に繋がっていく。