「巨大プラットフォーマーの泣き所―『コマースの興亡史』打ち明け話⑤」 矢作敏行先生

法政大学 名誉教授

前稿(1月19日付)でアマゾン・ドット・コムのe-ビジネスモデルがマーケットプレイス、プライム会員サービス、FBA(フルフィルメント・バイ・アマゾン)の3要素で構成される独自のエコシステムによって支えられていると指摘した。そして、エコシステム構築の次の打ち手が実店舗進出であると、問題提起した。

それでは、なぜ実店舗はアマゾンの持続的成長になくてはならない要素なのか。答えは簡単明瞭である。先行き、オンラインだけでは小売市場の大きなパイを切り取ることが難しいからである。

米国小売市場はコロナ禍の長期化から非接触型のEC(電子商取引)が伸長し、EC化率は2018年の10%から2021年には15%まで急増したと推計されている(Statista)。しかし、アマゾンのEC市場の占有率は約40%だから、小売市場全体に占めるシェアは6%見当にとどまる。

凡人には十分すぎる占有率のように思えるが、アマゾンは「イノベーション(革新)」ではなく「インベンション(発明)」を起こす会社だと言い残して、CEO(最高経営責任者)の座を去った創業者ジェフ・ベゾスにとっては到底、納得のゆく数字ではないのだろう。「発明」とはそれまでなかったビジネスモデルを創り出すことであり、「勝者総取り(winner takes all)」状況が生まれてこそのインベンションである。

ところが、米コマース市場全体を見渡すと、ウォルマート、ターゲット、クロガー等々の有力ブリック&モルタル小売業がオムニチャネル化を進め、善戦健闘している。特に、最大の市場規模を誇る食品小売業において、その傾向が顕著である。

生産と消費を結ぶ流通過程には元々、仕入れ先の開拓や商品の企画・開発から小分け、加工、包装、売場づくりに至る広範囲なマーチャンダイジング(MD)活動が内包されていた。工場で生産された規格大量品であれ、朝、港で水揚げされた魚であれ、ただ並べるだけで「売れる化」(商品化)するわけではない。

例えば、今日、仕入れた魚の脂ののりはよいのかどうか、本当にお薦めなのか、あるいは丸ごと売るのか、刺身で売るのか、弁当に使うのがよいか、店舗ごとに需要と競争状況を見極めて、在庫と品質の管理を徹底したうえで、単品と商品ラインの双方で最適な「売れる化」を図る必要がある。

さらに、その先にもう1つ、重い経営課題がある。メーカー販売代理店ではなく顧客の購買代理店として、独自の価値を創出するオリジナル商品・PB(プライベート・ブランド)商品を開発し、チェーンストア自らの手で人々の暮らしを豊かにするというミッションである。

そうしたMD革新の行方が戦後流通革命の担い手たちの明暗を大きく分けた。初期流通革命をけん引した総合量販店(総合スーパー)は1960年代以降、店舗の大型化と大量出店により「大売業」を実現したが、バブル経済破綻後の1990年代には凋落した。そして、入れ替わるように食品スーパー、コンビニ、ホームセンター、ドラッグストアなど、取扱商品を特定商品群に絞り込んだ専門量販店が躍進し、MD革新を深化させた。

両者のMD革新は対照的な展開パターンを描き出した。総合量販店は百貨店と同じ、品揃え(店舗規模)の拡大を中心とした水平的な「広いイノベーション」であるのに対して、専門量販店はMDを垂直方向に深掘りする「深いイノベーション」を展開した。コンビニ・SPA(製造小売業)が典型である(下図参照)。専門量販店は、それによりメーカー・卸が築いた伝統的な流通制度を変革し、新しい価値を創出することができた。

      

アマゾンはデジタル化により小売業における時間・空間的制約条件を取り除き、「限りなく広いイノベーション」(世界一の品揃え)という展開パターンをたどった。その意味では、百貨店・総合量販店型の延長線上にあると言える。すなわち「製品(product)」を「商品(merchandise)」に変換する「売れる化」=MD活動は後回しにされた。「浅いイノベーション」にとどまっている。そこにプラットフォーマーの弱点があり、ブリック&モルタル小売業の強みがある。

アマゾンやアリババ集団は実店舗を商品の保管・引き渡しやデータ収集の場として利活用しているが、オムニチャネル時代には、それらを含めたMD活動の深掘りが競争上、必須の要件となる。巨大プラットフォーマーによる実店舗小売業の買収・出店はその足らざる資源・能力を補う打ち手にほかならない。

EC化率の増加とともに小売市場全体の実店舗数は間違いなく減少するが、反対にプラットフォーマーの出店は確実に増えていくだろう。e-ビジネスのエコシステム内で、「EC普及」→「店舗閉鎖」→「店舗の買収・出店の加速」→「テクノロジーの導入」→「店舗再生」というフライホイール(はずみ車)が回る可能性がある。

少なくとも次なるデジタル破壊ともくされる「メタバース」(ネット上に創られる3次元の生活空間)が浸透するまでの間は、そう推論可能である。(了)

(アマゾンのビジネスモデル論は、『コマースの興亡史』第9、第10章)