株式会社リテール総合研究所 代表取締役 『リテールガイド』編集長

店の種類増加と機能拡張で商圏内のお客の買物のシェアを上げる
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めてからおよそ2年がたつ。この間、感染を防止するために店側、お客双方にさまざまな変革が求められ、結果的にDX(デジタルトランスフォーメーション)が急激に進んだこと、また、それに伴ってスーパーマーケット(SM)の形が今後、変わっていく可能性が高まったことをこれまで指摘してきた。
コロナ禍、SMには多くのお客が訪れ、こちらも結果としてだが、全体として好業績となった。それが、これからの投資に与える影響も大きいと思われる。
一方で、まだまだ未知数の部分もあったり、行ったり来たりを繰り返しているものの、新型コロナウイルスにできる範囲で対応し、部分的には以前の状況に戻りつつある部分もある。
そう考えると、新型コロナウイルス登場以前のSM業界は競争環境が年々激化している状態にあった。
日本の人口が減少局面に入る一方で、SMの店舗数は継続して増加傾向にあったからだ。SMには一時的に好業績のトレンドが訪れたが、それがなくなるとき、こうした以前の厳しさが再度、表面化することになる。2021年にはすでにその傾向も見られたが、22年はさらにそれがはっきりしてくるといえるのではないか。
コロナ禍をへて、再度、商圏内シェア向上が焦点に
SMは日常の「食」をマーケットにしているため、他の商品分野と比べ需要が安定しているという側面がある。さらに基本的に全員に関係する「マス」消費であるため、世界各国で大きなチェーン、勢力となり、大きな存在感を放っている。
そして、安定しているがゆえに、人口の推移に直接的に影響を受ける。日本は人口減少局面に入り、さらに高齢化も進んでいる。人口が減ることに加え、高齢化すると必然的に食べる量も減ることからSMにとっての影響は非常に大きいものがある。さらに、SMの新規出店は続き、統計で見てもSMの店舗数は一貫して継続傾向にある。
「胃袋」の数も量も減っていく時代、SM同士、あるいは前回、第6回で触れたように他の食品を取り扱う業態との競合が激化していくということになる。
多くの店が限られたマーケットを狙えば、当然、小売業として経営を成り立たせるためには1店が対象とする商圏人口を少なくせざるを得ない。つまり、一層の小商圏化、少ない人口をターゲットにした商売を成立させることが必要になる。必然的に、努力の方向は、商圏内でのシェアを向上させることに向かう。
具体的には、「商圏内のあらゆる人に来店してもらう」こと、つまり、低価格の商品を求める人にも、高価格の商品を求める人にも来店してもらい、さらに、すでに来店してもらっている人についても、仮にこれまで朝昼夕のうち1食分を買ってもらっていたとしたら、「それ以外の2食分についても買ってもらう」ことを目指すことになる。
実際、そのような形でシェアを上げるための方策がさまざまな形で採られている。
古くからよく見られる手法に「マルチフォーマット」戦略がある。例えば標準的なフォーマットが商圏のある一定の層のマーケットを取っていたとすると、それより高級志向の層を狙うとか、より低価格のマーケットを狙う、あるいは面積を広くしたり狭くしたりしながら運営も変え、別のマーケットを狙う店を開発するのである。商品やサービスで明確な差を付け、全体としては客層を広げる戦略である。
もう1つは、自店の機能を拡張して「食」のシーンを深掘りする戦略。いま持つフォーマット自体の機能を拡張しながら客層を広げるのである。
品揃えアイテムを拡張して、「旗艦店」のような存在にケースあるいは、「食」にまつわるシーンの深掘りをするために機能を追加するケースなどがある。
後者は、SMのメイン食材である生鮮食品を中心とした「素材」だけでなく、「半加工」や「出来たての提供」を加えるのである。コロナ前、イートインの機能に注目が集まり、さらにその機能を次第にフードサービス(飲食店)に近づける動きが活発化した。グロサリーストア(SM)とレストランを掛け合わせた造語として「グローサラント」といった言葉も生まれ一時期、ブームのような形となったが、これもシェア拡大の戦略と捉えることができる。
.jpg)
「グローサラント」型の店舗として出店している世界各国で話題となったイータリー。日本では2021年に銀座店(東京・中央)をオープンするなど、少しずつ店舗数を増やしている。食材の提供から食事の提供まで、SMの機能の拡張を考える上でも示唆に富む。
有料の会員制プログラムを導入したカスミ
首都圏のSM連合のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスに属する茨城県地盤のカスミは22年1月と2月、新フォーマットとなる「BLANDE(ブランデ)」を2店立て続けにオープンした。1号店はドラッグストアとの融合、2号店は食のさらなる深掘りというように位置づけを変えた形の実験となった。
これは、既存店がドミナントを形成する中にあって、さらなるシェア拡大を狙った「マルチフォーマット」の一環といえるが、もう1つ、このフォーマットには大きな機能上の新たな取り組みがある。
それは、「有料の会員制プログラム」の導入である。同グループではこれまで決済アプリのScan&Go Ignica(スキャン&ゴーイグニカ)の導入を進めてきたが、これを利用した会員プログラムを導入したのである。
年会費無料の「Bronze(ブロンズ)」もあるが、「Silver(シルバー)」は税込み3000円、最上位の「Gold(ゴールド)」は同5000円と有料の年会費を設定している。
その分、ポイントやさまざまな特典、医療相談アプリの無料利用などを提供する。山本慎一郎社長が、「今回は拡大していくための販促の位置づけ。チラシが減る中、われわれの販促費のかけ方ももっとワントゥワンになっていく」と語るとおり、この目的はお客とのワントゥワンの関係づくりである。
これは、SMが「サブスクリプション」に近づいていく動きとして注目に値する。第5回の終盤で触れたように、1回の買物だけではなく、より長期的な関係を持ちながら、1人のお客に関するライフタイムバリュー(LTV、顧客生涯価値)を高めることに貢献する店となっていく方向性にあるからだ。
もちろん、カスミとしてはID-POSとも連動させていくことで、お客との長期的な関係を築いていくことが前提にある。長期的なつながりを持つことができれば、当然、そのお客の買物に占めるカスミのシェアは上がっていくことが期待できる。
マルチフォーマット、グローサラントなどシェア向上に向けた新たな戦略として、このサブスクリプションは今後のSMにとって重要な機能拡張の戦略になっていくと考えている。

カスミの新フォーマット1号店のBLΛNDEつくば並木店(茨城県つくば市)。マルチフォーマット戦略の一環であると同時に、有料会員制プログラムの導入という新たな機能を付加した点で注目のフォーマットだ。