
早稲田大学 大学院教授
欧米企業に比較した日本企業の収益性の低さが、以前から指摘されている。その理由の1つとしてよく挙げられる点が、価格の問題である。中でも日本の多くの業界において、低価格競争の激しさが、利益率を押し下げる大きな要因と言われている。
確かに価格は重要である。例えば、5%の値引きは、営業利益率5%の場合は、即利益ゼロにつながる。また、5%の値引きは、元々の原価率が70%の場合は、原価を約7%削減しないと埋め合わせができず、また、原価率の70%がすべて変動費だとすると、販売数量を20%増やさないと埋め合わせができない。これからも分かるように、価格は利益の源泉であり、これを適切に設定し、また安易な値引きを避けることは、利益を確保し、収益性を高めていくための重要なポイントである。ただ、価格は顧客との関係や競合品のとの関係といった制約も受けるため、高めに設定したり、値引きを回避することが難しい場合も多い。
しかし、強気の高価格設定によって高い収益力を確保している業界もある。その代表的な業界がラグジュアリーブランドの業界である。例えば、ルイ・ヴィトンをはじめとするブランドやシャンパン・ワインなどのお酒の事業を展開するLVMHは、2021年度において総利益率68.3%、営業利益率26.7%を確保している。また、高級ブランドのエルメスも、2020年度において総利益率68.5%、営業利益率32.4%を確保している。いずれも原価率を30%強程度に抑え、非常に高い利益率を挙げている。このようなラグジュアリーブランドの基本的な戦略は、一般に3つといわれている。まずは、販売するモノ自体の品質や価値を、経験豊富でレベルの高い職人の巧みな技などをもとに徹底して磨き上げ、高め、維持していくこと。次に、ブランドやモノについての長い歴史やストーリーを丁寧にしっかりと伝えていくこと。さらに、ブランドや物の価値を高め、維持していくために、数量を限定し、希少性を出すこと。これらを適切に組み合わせながら継続していくことで、ラグジュアリーブランドの価値を高め、ビジネスを維持発展させ、高収益につなげているのである。
このような方向性の中に、日本企業が収益性を高めるためのいくつかのヒントが含まれているように思う。まず、モノ自体の品質や価値を磨き上げ、維持していくことが重要である。この点はモノづくりが得意な多くの日本企業の場合、あまり問題がないだろう。次に、そのモノについて、「長い期間をかけて熟成されてきた技術や技能をもとに、手をかけて丁寧に作り上げている」といった歴史やスト―リーを語るという、高価格への納得感につながる施策は、必ずしも十分ではないこともありそうだ。さらに、需要がある分だけとにかく販売するといった販売数量を徹底して追及するスタンスではなく、品切れを出すことを容認し、あるいは逆にそれを目的として数量を限定して販売していくといった、高価格の維持につながるような施策もそれほど多くのケースで採用されているわけではない。もちろん、ラグジュアリーブランドの業界は特別な業界であり、このような戦略がすべての業界にマッチするわけではない。ただ、モノの価値を歴史やストーリーも交えながら丁寧に伝え、過度に量を追わない方針によって、適切な価格を設定して維持し、値引を回避していくことも、一部の日本企業の収益性向上のベースになるのではないだろうか。