「11. 「食」の二次機能型ビジネス(ストア)」 小松崎雅晴先生

芝浦工業大学非常勤講師 エム・ビィ・アイ代表

◆「食」の二次機能型ビジネス(ストア)をつくろう

(1) マーケットの変化

旅行業界で「sightseeingではなくsight doing」と言われてからかなりの時間が経つ。消費者の欲求はただ観光地を見て回るだけでは飽き足らず、その時、そこでしか味わえない体験を求めるように変わった。古くからマズローの欲求階層で知られるように、生理的欲求(食欲、睡眠、性欲)、安全性欲求(住居、衣服、貯金)が満たされると、次は社会的欲求(友情、協同、人間関係)、自我欲求(他人からの尊敬、昇進)、自己実現欲求(潜在能力の最大限の発揮)へと向かい、低次の欲求では満たされなくなるという。

アメリカで総合不動産サービスを提供するジョーンズ・ラング・ラサール(JLL)と国際ショッピングセンター協会(ICSC)が行った調査によるとショッピングセンターの多くでは、施設内に占める飲食用スペースの割合が、2025年までに現在の8%から20%程度にまで拡大すると見込まれている」という。その背景としてマクロ的な変化において最も重要な点はおそらく『(誰かと過ごす)時間』と『体験経済』の関連性だろう。ミレニアル世代をはじめとするより多くの消費者が、時間はモノよりも重要な「商品」だと考えるようになっている。ミレニアル世代の消費者にとっては新しい服を購入することよりも、レストランで友人らと一緒にする食事の方が、自分の人生を肯定する『消費』なのだ。と続く。(食のトレンドにもデジタル化の影響 商業施設のあり方を変える?Greg Maloney , CONTRIBUTOR Forbes JAPAN ビジネス  2017/07/16 08:00 )

コロナ禍の経験はこの傾向をさらに強めることになるだろう。

近年の傾向を見ても明らかなように、マーケットは「物の充足」から「状況の改善・充足」、「物中心」から「自分中心」へと向かっている。

大量の商品が売られることなく廃棄されるアパレルや食品の構造的矛盾が指摘され、世の中が急速にSDGsへと向かうことを見ても、「大量」という物の論理で成り立つ20世紀型産業構造&ビジネスモデルは、すでにマーケットとの間に大きなミスマッチを起こしていると考えるべきである。人口減少・高齢化(高齢化は世界的傾向)という状況を考えると、産業革命以来続いてきた拡大再生産に代わる理論が必要になっている。

小売業が忘れているのは、消費の中心にあって最も重要である主役が実は消費者自身であるという事実である。いま、消費者は商品という物ではなく、自分が中心であることを改めて主張し、行動を起こしはじめている。

いろいろな意味で商品流通の機能・構造、その根幹をなす設計思想を大幅に修正する必要がある。

(2)ストック(所有)からフロー(使用)へ

iPhone発売2008年、主なSNSもFacebook設立2004年(日本語化2008年)、YouTube2005年、Twitter2006年、Instagram2010年、mercari2013年。(*アマゾンは1994年設立 翌1995年7月オンライン書店サービス開始)

デジタル化は、タイムフリー、ロケーションフリー、セクションフリー、コストフリーなど様々なモノ・コトの意味を変え、わずか10数年の間に長年かけてつくり上げてきた秩序や構造を根底から変えようとしている。

スマートフォンと共に普及した様々なアプリ、そしてプラットフォーマーの出現は、不特定多数の個人・組織を様々に結び付け、これまでには考えられなかった活動やコミュニティ的空間(SNSのフォロー、いいね、ともだちなど情報・価値を共有・共感するネットワーク)を生み出している。

シェアビジネスは物の所有から機能の使用・利用へと消費の意味と形を変え、これまで表面化することのなかった僅かな空き・あそび・余剰などを潜在ニーズと結び付けて新たなマーケットとビジネスを創出した。

フリマアプリは家庭内に眠る商品の流動化を促し、中古品流通の活性化は商品にリセールバリュー(再販価値)という新たな価値と尺度を与えた。商品の概念は変わり、消費の形も「使って捨てる」から「使って売る」「使わ(え)ないから売る」へと変わった。親類間や知人間でしか成り立たなかった「お古」が、社会全体で成り立つことの意味は大きい。

(3)急激な人口減少・高齢化と地政学リスク

大規模都市ほど急激に高齢化が進み(年齢構成=消費構造が変わる)、人口減少数も大幅に増える(すでに地方は人口減少・高齢化して変化は緩やかになる)。大規模都市に集中する商業(実店舗)は立地とマーケットを同時に失うことになる。すでに女性人口の過半数は50歳以上であり、やがて全人口の過半数が50歳以上、平均年齢(日本人の平均像)も50歳を超える超高齢国家が誕生する。

認知しづらい環境変化は、たとえ存続を左右するリスクであっても、茹でガエルの逸話のように対応が難しい。変化が認知できないのであれば、現在の常識では理解できないような修正が必要なのだろう。

(4) 情報化によって生まれる新たな流通ネットワーク

SNS・専用アプリによる情報の伝播・拡散、コミュニティの形成は価値の共有・共感によって生まれる。そのため、SNS・専用アプリに縁遠い人は、その存在すら気づくことがない。情報の隔絶はNeo Digital Divideともいうべき実態の隔絶を様々な場所に、様々な形で生み出す。

モノづくりや消費に関係する活動も、フォロワー(あるいは消費者)の共感に支えられて進化・発展すれば、それは単なる経済活動から、共感に支えられたカルチャー、ライフスタイル、ライフワークの一環へと変わる。

共通の志向・価値観に支えられたコミュニティ的空間は、モノ・コトのジャンルを超えて広がる。外からは見えないコミュニティ的空間で生まれる様々な交流機会は、やがて新たなビジネスを生み出す「場」へと進化する。すでにSNSがEC(ネット通販)機能を取り込んでおり、会員間での物・サービスを介した交流も確実に定着、拡大しつつある。

あらためて「食は文化である」という観点から主役である消費者の変化を見れば、食マーケット、食ビジネスも周辺マーケットと関連付け、衣・食・住・余・美・健康・働・奉仕・学・遊など人に関する全体的な関係の中で位置づけを見直す必要がある。

2.二次機能型ビジネスモデル

図は、商品の進化の様子を整理したものである。消費者は基本機能が満たされると次には二次機能・三次機能へと欲求が向かい、メーカーもそのような欲求を刺激する物づくり・提供の仕方を志向する。基本機能というモノの本質とは異なる要素のウエイトが高まる方向での進化の仕方である。

日常食以外にも様々なシーンで我々の生活に深く関係する「食」も同様な進化をしている。単に空腹を満たすだけでなく、冠婚葬祭、生活歳時以外のプライベートイベント、美容・健康・ダイエット・身体づくり(アスリートなど)、楽しむ・遊ぶ・集う・学ぶ、見せる・自己実現・共同体験、…等々、多様な意味、幅広いシーンで注目されるようになっている。

令和元年国民生活に関する世論調査では、 (2)今後の生活の力点(複数回答)という設問に対し、食生活は24.6%と健康66.5%、レジャー・余暇生活30.9%よりは低いが(健康もレジャー・余暇生活も「食」と密接に関係する)、住生活18.1%、自動車・電気製品など耐久消費財7.4%、衣生活5.4%など他の消費分野と比べるとかなり高い値を示している。

テレビでも食品の企画開発・製造・販売の裏側、大盛・激安・激辛、大食いや芸人の商品企画、一流シェフのチェーン店商品・メニュー評価、一般家庭のご飯や賄飯の紹介、...等々、「食」を扱う番組は実に多い。これらの番組を見ていると、食という身近な題材を一つのきっかけとして、それを入口に様々な人間ドラマを垣間見ているようにも思えてくる。身近にあって多くの視聴者が自分と重ね合わせて見られることが視聴率を稼ぎやすくしているのだろう。

これらの状況を見ると、食の基本機能的ニーズがなくなることはなくても、二次機能・三次機能的ニーズのウエイトは確実に高まる傾向にある。食の持つポテンシャルは様々な可能性を秘めており、現状はまだそれを十分生かし切れていない。

急速にデジタル化する現状を考えれば、アイデア次第で「食」関連ビジネスは様々に他の要素と結び付いて発展する可能性がある。「食」の周辺にある未開のマーケットを開拓・深耕することは次のステージには欠かせない。

商品には様々な側面(意味・価値)があり、編集の仕方次第で既存マーケットとは異なるマーケットを創出することができる。固定的な日常食マーケットとは異なる二次機能型マーケットの開拓・深耕は生産者、販売業者、消費者にWIN-WIN-WINの関係をもたらすことだろう。

高齢者世帯・単独世帯・母子父子世帯・共稼ぎ世帯の増加など、消費者の状況を見ると、電球は買えても独りでは換えられない・食材は買えても調理しない/できない・ゴミも捨てられない世帯=消費サイクルを自力で完結できない世帯が急増しており、今後この傾向は益々強まるだろう。

一方、デジタル化に伴う情報過多、各種デバイス・商品・サポートの高度化・複雑化・ブラックボックス化など、状況は消費者にとってより対応が難しい方向へと向かっている。

博報堂買物研究所のレポート「『選ばない買物』へと向かう生活者」が指摘するように、分野によっては買物すらもストレスに感じ、「選ぶのが面倒、任せたい」と考える人が生まれている。情報量が多すぎて理解不能・面倒、時間がない、プロ・AIに任せ結果を担保したい、要求レベルを満たすのに補助・支援が必要、高齢化して補助が必要、共稼ぎ・単独世帯で家事まで手が回らない、仕事帰りが遅く店が閉まっている、…等々。それはそれで新たな消費の形、新たなマーケットの誕生ともいえるが、このような状況は的確に把握しておく必要がある。

消費サイクルを完結するためのサービスへのニーズ、商品提供(販売・シェア・サブスクリプションなど)とサービスの融合は日常生活の様々なシーンで求められており、提供する仕組・事業者が必要である。それが叶わなければ、消費者は消費することを諦め、止めてしまうだろう。

「物」ばかり見ていては見えないことも多い。一度物から離れ、主役である消費者のライフスタイル、ニーズ、価値観の変化にフォーカスし、マーケットそのものを見直すことが求められている。

「食」の周辺にあって、消費者に新たな価値を提供し、QOL(Quality of Life)を高める二次機能型マーケットの開拓・深耕は、小売業が新たなステージへと進化する上で避けては通れない必要不可欠なテーマと言ってもよいだろう。