『新型コロナを経たスーパーマーケットの変化と未来』  竹下浩一郎先生

株式会社リテール総合研究所 代表取締役 『リテールガイド』編集長

DX進展と競争激化が迫る「販促」の変化

これまで、新型コロナウイルスがデジタルトランスフォーメーション(DX)を進展させることにつながったこと、また、それ以前から課題となっていた競争激化による小商圏化とシェアの重要性について触れてきた。

それによって店舗の在り方、売場づくりも大きく変わってくるが、見逃せないのは集客や買い上げを促してきた「販促」の変化である。

今回のコロナ禍では一時期、密状態を招く集客が敬遠され、感染者数が多い地域を中心に新聞折込を中心にチラシが極端に減る状態になった。チラシを出した場合でもサイズが縮小したり、掲載商品点数が減少したり、あるいは特売品についても日替わりでなく数日間通しで実施するなど、情報提供と集客の在り方について模索が続くような状態だった。

また、掲載する情報についても商品情報だけでなく、感染予防対策や企業姿勢などの訴えなど価格以外の要素が目立つようになった。

また、紙のチラシは出さない一方で、デジタルチラシのみ継続、あるいは再開するといったこともみられた。そもそも紙のチラシを減らし、アプリなどデジタル販促に移行するという企業も現れた。

もともと若年層に新聞購読率の低下が指摘される中、新型コロナウイルスと関係なく、そもそもチラシの折込自体が以前ほどの効果があるかといった疑問、あるいは印刷、配布が前提の紙媒体のために情報のタイムラグがあるという問題点などを指摘する向きがあった。

今回、新型コロナウイルスの影響によって、必需品を取り扱うスーパーマーケットには多くのお客が訪れ、買いだめのような行動と共に客単価の向上がみられた。

結果として、チラシを出さなくても来店があることから、改めてチラシに対する問題点が浮き彫りになった側面もある。タイムラグもあり、費用もそれなりにかかるチラシを見直す機運が一気に高まったといえた。

さらに進化するデジタル技術も相まって、それが「販促自体をデジタル技術をベースに根本的に見直す」動きになった。新型コロナウイルスは、DXの進展を促したが、その代表的な分野が「販促」であったということもできる。

DXによって「販促」の可能性が拡大する

ここで重要な点は、DXは「販促」自体の可能性を大きく拡大するものであるということだ。具体的にはDXによって、これまで販促とは直接かかわりのなかった部分も含め、随所に「販促」のポイントが新たに発生するといえるのだ。

たとえば、決済に関する新たなプラットフォームに販促の要素が入ってくる。これまでのレジに代わる決済の方式として、スキャン機能が付いたカートの導入、あるいはスマホにスキャン機能を付けるアプリなどが登場してきているが、これはカートに取り付けられたタブレット、あるいはスマホをベースとしていることから、そもそもそこを通じて情報提供ができることになり、結果として販促面での活用も進むことになる。

また、これまで紙などで行われてきた売価表示を電子棚札、あるいはその進化版としてのデジタルサイネージで実施する取り組みも進んでいるが、こちらも表示内容の切り替えなどがしやすくなることで、販促面での活用につながる可能性が高くなった。

店舗の設備や小売業のシステムなどとは異なる形でのポイントもある。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を活用などは代表的な事例といえる。フォロワーにタイムリーに情報を伝えられるという意味では、「販促」としても大いに活用できる。しかも、情報入力のための人時はかかるものの、それ以外については基本的にコストがかからない点は非常に大きい。

このように、DXが進展することによって新たな販促のポイントが多数発生していることは、「販促」の可能性を大きく広げることにつながっていると共に、販促について改めて戦略を練り直す時期の到来を告げるものであるといえる。

アプリを起点にお客と長期間のつながりを作り出す

DXの事例の中でも、特に今後の販促としての活用の可能性が大きいといえるのが、スマホを介した「アプリ」である。多くの人が多くの時間接するスマホを介しているということは、その分、お客に多くの時間アプローチできるということでもある。

それを活用し、アプリにさまざまな機能を持たせ、お客とのつながりを構築していく戦略が登場し始めている。

たとえば、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)は、アプリを起点に決済、販促、ネットスーパーの注文、受け取りなど次第に連動させる戦略を採っている。「いつでも」「どこでも」買物できる状態を実現することでより長時間、お客とつながることを目指すわけだ。

U.S.M.Hでは決済アプリの「スキャン&ゴー」をネットスーパーの「オンラインデリバリー」と連動、さらにカスミではそれを有料会員プログラムとも連動させるなど戦略的な取り組みを行っている

カスミが2022年2月にオープンした新フォーマット2号店では有料会員プログラムの導入と併せ、専用のラウンジを設置するなど取り組みを深化させている

また、楽天との協業を強化する西友は、これまで協業してきたネットスーパーに加えて、楽天ポイントを軸にした新たな施策に踏み込みを見せる。こちらもアプリを活用しながら、ポイントを通じて西友のリアル店舗と楽天の客層の補完など、さまざまなデジタルマーケティングの強化を図っていくことを表明している。

西友は協業する楽天のポイントを軸にした戦略に踏み込む。その際、アプリを活用していることは重要である

このような新たな戦略以前、これまでの流れを単純に表すと、販促をすることで集客、あるいは買い上げが発生し、売上げが高まるというものであったといえる。それは基本的には1回ごとの関係であり、だからこそ、それを繰り返し行うことにつながっていたといえる。

一方で、アプリを活用することで、それをより長時間、あるいは継続的なものにしていく可能性が高まった。程度の差はあるが、個人の属性情報や購買履歴とも連動させやすいため、ライフステージに応じた、あるいは購買履歴をベースとした商品提案なども行いやすい。健康管理プログラムなどを提供しながら長期的な関係を維持するといった事例もすでに登場している。

小商圏化によって、総体的にお客が減る状況下、いかに商圏内のシェアを取るかが問われる中で、より多くのお客に利用してもらうことはもちろん重要だが、加えてそれら1人1人のお客の需要に占めるシェアを上げることが重要になってくる。

1人のお客の需要のシェアを上げる上でも、継続的なかかわりが重要であることは間違いない。

いずれにしても、1回の買物による売上げではなく、お客のLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)の向上を意識した施策に変わってくるということである。

結果として、これらは「販促」そのものの形を大きく変えることにもつながっているといえるのではないか。

「使いやすさ」こそ、最も重要なポイント

もちろん、これら新しい販促については課題も指摘できる。アプリなどをベースにお客とのつながりを模索する動きを多くの企業が行った結果、つまり、アプリが乱立すること自体をどう考えるかである。

必然的に競争が起こることになるが、その際、最も重要になると思われるのが「使いやすさ」、言い換えればユーザーインターフェース(UI)である。どれだけ機能を盛り込んだとしても、肝心の使い勝手が良くなければお客としては使うことを敬遠してしまうかもしれない。

この辺りは、DX全体の考え方でも重要なポイントになるため、常に意識すべきこととして強調しておきたい。

考えてみれば、これはリアル店舗での売場づくりで留意すべきことであるともいえる。その意味では、小売業の基本はDXにおいても変わらないということになる。