芝浦工業大学 非常勤講師、エム・ビィ・アイ代表
◆キュレーション(curation)型ストア
キュレーション(curation)は、博物館、美術館、図書館などで、収集する資料の鑑定・研究、業務管理などを行う専門職や管理職、あるいは特定テーマの展示企画などに携わる館長や学芸員に対する呼称キュレーター(curator)から派生した言葉である。目的・方針、シナリオなどに基づいて展示する作品を収集し、観客に見やすく・分かりやすいようストーリーを考えて作品を位置づけ、展示する。
転じてIT分野では、級数的に増え続ける膨大な情報から専門知識に基づく独自の価値観によってWeb上にある有用な情報を選択して収集・分類・整理し、新たな価値を持つように編集することの意味としてキュレーションという言葉が使われはじめた。
ここでは、キュレーション・サイトが「収集・分類・整理・編集したコンテンツの価値」を提供するのと同様に、独自の価値観に基づいて企画開発、収集・分類・整理・編集した「商品・サービス、情報の価値」を提供する商業施設をキュレーション型ストアとして定義する。
そこで提供する商品は、単に物理的な物単体ではなく、サービスも単なる機能代行・機能支援とは異なる。商品・サービスに知識・技術・ノウハウ・情報が付加され、企画・編集技術によって再定義されることで新たな意味・価値を持つことになる。
現在、キュレーション・サイトは、様々な情報と関連して商品・サービスとの連携を強めており、EC(ネット通販)や関連ビジネスへの窓口(ゲート)的役割を果たすプラットフォームとしての機能を持ちはじめている。このようなキュレーション・プラットフォームが消費者に情報世界と実世界とを結びつける「場」として機能することで様々な次元の世界(リアル・サイバー・バーチャル・ミックス)が一体化し、消費者のQOLを高める新たなサービス・システムとして機能するようになる。キュレーション型ストアはそのシステムの一環として位置づけることができる。
消費生活の中にキュレーションのような情報が浸透したきっかけは、バブル時代、流行に敏感な消費者中心に普及したモノ・マガジン(1982年7月発刊)や日経トレンディ(同1987年11月)などの情報誌だろう。プロしか知りえなかった知識・情報が一般向けに公開されたことで一般消費者(素人)と専門家・専門事業者(プロ)との間にあった垣根が取り払われ、マニアックな世界(素人のプロ化)が急拡大した。
その後、「トリビアの泉~すばらしきムダ知識」(フジテレビ系列2002年10月~2006年9月)によってあまり意味のない雑学的知識が多くの視聴者の興味・好奇心を刺激した。現在では、ふだん一般消費者が知ることのない食品メーカーや飲食店チェーン、コンビニエンスストアなどの裏情報が多くの視聴者の支持を得ている。
このように様々な分野・レベルの情報・知識を受け入れる素地が出来上がっているところへ、スマホをはじめとしたインターネット環境が整ったことで、様々なチャネルを通して膨大な量の、しかも種々雑多な情報が当たり前のように消費者の周辺でも流通するようになった。
一般消費者の情報に対する知識、意識・感覚などは変わり、「知っていて当たり前」「もっと知りたい」ことのレベル、基準が従来とは比べものにならないほどに高まっている。
◆高度情報と好感度消費者
何年か前、若い女性向けのキュレーション・サイトが会員の購買行動に関する調査結果を公表したことがある。ファッション、メイク・コスメ、ヘアスタイル、ネイル、美容、ライフスタイル、恋愛、グルメ、旅行・おでかけなど、若い女性なら必ず関心を寄せるテーマについて、「今日をよりよく過ごすため」の情報・アイデア・アドバイスなどが得られるキュレーション・サイトに積極的に関与する会員は1か月にファッションに使うお金が一般の約2倍、美容に使うお金は3倍弱であり、ファッションに関心のある高感度な女性が数多く集まっていた。
特定分野に関心を持つ、志向の似た女性が集まった結果、自然とセグメントされたコミュニティ的集団が形成されたことになる。
このように、クオリティの高いキュレーション・サイト(=コミュニティ)では会員の問題意識・知識欲が高く、相互に成長を促すから多くの会員がポジティブである。モチベーション3.0*ではないが、好きであること、楽しくポジティブに向かい合えることは重要な動機付けになる。質の高いコンテンツとサービスの提供は質の高い会員を集め、相乗効果を生みだす。コミュニティとしての価値もスパイラル状に高まって、より魅力的で質の高いWin-Winの関係を築きあげていく。
現実の世界と密接に結びつくキュレーション・プラットフォーム、EC、キュレーション型ストアと一体化したシステムとして構築されれば、消費者にとってQOLを高める居心地のよい「場」ができあがる。
豊富な情報源から得られる高度情報・最先端情報、モノ・コトがスピーディに変化・進化する世界は、限られた機能・売場・商品から成る既存の小売業態とは異質の存在であり、多くの人の消費行動に影響を与えることになるだろう。
ただし、かつてSNSがストレスになると指摘されたように、トレンド情報の無秩序な垂れ流しも消費者にストレスを与えるだけでしかない。程よい緊張感を保ちながらも、息抜きできる、ストレス解消になる要素は不可欠である。
◆「食」関連のキュレーション型ストア
キュレーション型ストアがどのようにテーマを設定し、編集・表現するかは難しい問題である。特に「食」に関連する要素、切り口は多く、しかもプライベ-ト/ビジネス、公式/非公式、実用/ファッションなど相反するシーン・オケージョンのいずれとも関係する。
料理についてとらえるだけでも、国別・地域地方別・民族別、和洋中にイタリアン・フレンチ・アジアン・アフリカン・多国籍料理、日常食/機会食、肉料理/魚料理、冠婚葬祭や朝食/昼食/夕食のようなシーン(オケージョン)、一般/ビーガン/イスラム(ハラール)のような対象、生/焼く/煮るなどの調理法、ラーメンやカレーといったアイテム、味付け・調味料など、数え上げたらキリがない。しかもラーメン一つとっても、麺、つゆ、出汁、具材、原材料、製法、調理法、メニュー、食器、調理器具、Tシャツ(ユニフォーム)、店のつくり、外観・内装、ネイミング、...等々。どれを入口とし、どこにフォーカスするかで全く異なるものが出来上がる。ラーメン博物館どころか、ショッピングセンターのような巨大商業施設全てがラーメン関連の体験・研修型テーマパークであってもおかしくはない。
とりあえず図表に思い当たる項目をリストアップしてみたが、切り口やとらえ方も様々で整理することは難しい。

特に、現在の「食」に関連する分野は広く、全く異なる生い立ち、視点を持つ複数の業界が関係する場合には、業界間ばかりでなくマーケットとの間にも様々なミスマッチが生じることが考えられる。
消費者(特に感度の高い消費者と限定しなくても)が志向しているのは、単に空腹を満たすことでも、高価な食事をすることでもなく、新しい価値の発見にあると考えれば、キュレーション型ストアが重点的に扱うべきテーマは、様々な要素を編集し直し、新たな形を消費者に提示することだろう。
◆身近にある「食」に関する切り口
テレビなどで日頃よく耳にする食に関するテーマには次のようなものがあり、一つのヒントとしてとらえることができる。
(1)短時間、省手間の簡単調理・レンチンレシピ ; 社会的な背景から省時間、簡単調理、レンチンレシピなどのニーズは高い。インスタント食品、レトルト食品、冷凍食品なども完成度の高い商品分野が拡大しており、様々なシーンに広く浸透しつつある。出来栄え・味などが保証されている上に、盛り付けや調理の一部をアレンジするだけで手を抜いたという罪悪感から解放される。さらに自分は知識・情報を上手に使いこなし、効率的に家事をこなす賢い消費者と思えることは、消費者にとってポジティブで重要な意味を持つ。
(2)個食 ; 非婚化、女性の社会進出(共稼ぎ世帯の増加)、世帯人員の減少、単独世帯(特に高齢女性)の増加、….等々、小容量、小サイズのニーズは高まっている。そのような中でも、①1日に必要な栄養素の一定量がバランスよくとれる。また、②種類が豊富で見た目や味、食感などの変化が得られる。③四季折々の変化が感じられる、④クリスマスなどの季節イベントが演出できる、⑤誕生祝い・自分へのご褒美など幸福感が感じられる華やかで変化に富んだ商品がある、…等々。「個食」の意味・解釈を深耕することで商品づくりのコンセプトは大きく広がる。いずれ名称ももっとオシャレでポジティブなものに変える必要があるだろう。ただ単に少量パックの種類を増やすのではなく、オケージョン、意味・価値のバリエーションを増やすような進化が重要になる。
(3)裏ワザ ;「安い肉が高級ステーキのようになる」など様々な裏ワザやチョイ足しレシピがテレビで紹介されている。おばあちゃんの知恵袋的裏ワザから、プロの料理人が使う裏ワザ、視聴者からの投稿などテレビで紹介される内容は様々である。ただし、見聞きするには面白くても、玉石混合でしかも実際に試すとなると思いのほか手間もかかるケースが多いから実際に取り組む人は限られる。話だけで終わらせるか、ビジネスのレベルに仕上げるか、難しいテーマである。
(4)美容・アンチエイジング ; 保湿・美白などの美容・化粧品・サプリメントの他、ピラティスのような運動系などが中心になる。食関連ではスーパーフードやオーガニックフーズ、グルテンフリー・カフェインフリー、低カロリー高たんぱく、食物繊維、抗酸化、ビタミン・ミネラル、栄養バランス食品などの他、無添加食品、加工度合いの低い商品などがテーマに欠かせない要素として定着している。
(5) 健康 ; 健康は「食」分野にとって重要なテーマであるが、表示の問題など色々な点で難しいことが多い。
切り口は、①血液サラサラ、免疫アップ、腸内フローラ、睡眠負債、代謝アップ、抗酸化作用などの効用、②血管年齢、骨密度、目、脳、血圧、免疫、腸内フローラ、膝関節などの対象部位、③カロリーオフ、糖質カット、減塩、食物繊維、乳酸菌、ビフィズス菌、発酵食品(乳酸菌など)、必須アミノ酸、栄養バランスなどのカロリー・成分、④食品の選択や食べ合わせ、摂取する時間帯などの管理面、⑤ヨーグルト、青汁、スーパーフードなど商品アイテム、というように様々な形で表現されており、全体を体系的に分かりやすく整理したものはない。(例えば青汁についてメーカーに確認すると有効成分の中心は食物繊維であるが青汁という名称そのものに健康に良いというイメージが定着しているという)。
(6) ダイエット ; 低カロリー、代謝アップ、糖質フリー、GI値(Glycemic Index;グライセミック・インデックス 食後血糖値の上昇を示す指標)の低い食品など、健康や美容と被ることが多い。
これらのテーマに該当する商品は既存SMにも多くの扱いがあるが、これまで「物」としてだけ扱ってきた商品に違う意味を持たせて売ることは色々な意味で難しい。ナチュランローソンのように既存業態と識別できる業態をつくり、器とともに扱う商品の意味を変える手順が必要になるだろう。
そのような意味でも、新しい商品・サービス流通の形、一つのプロトタイプとしてキュレーション型ストアをぜひとも実現したい。
モチベーション3.0*
・モチベーション3.0 内発的動機付け もっと良い点数を取りたいから勉強しよう
・モチベーション1.0 生理的動機付け お腹が空いたから食べ物を探しに行こう
・モチベーション2.0 外発的動機付け お小遣いが貰えるからお手伝いしよう