芝浦工業大学 非常勤講師、エム・ビィ・アイ代表
食品スーパー(以下SM)のいま、そして将来の姿を考える時、単に小売業の一業態ととらえると判断を間違える。2021年10月1日現在の人口推計が発表になっているが、1年間の人口減少は総人口で64.4万人(日本人61.8万人)となっており、最近5年間で減少幅は2倍強と急増している。
すでに第一次産業では生産から製造、販売までを一体化する6次化が言われて久しいし、コロナ禍でテイクアウトやフードデリバリーが活発になったことで飲食業との境目も曖昧になっている。さらにフードロス削減にNTTが参入し、アグリテック、フードテック、完全栄養食・除去食、代替食、昆虫食など、多くの食品ベンチャー、IT企業、ハイテク企業が食関連マーケットに参入している。様々な業種が入り組むことで、消費者の食環境、素材/半製品/製品(惣菜)など取扱商品による役割分担が曖昧になれば、マーケットの秩序、構造も大きく変わる。表からは見えにくいECを加え、とても複雑な構造になって従来の常識は通用しなくなるだろう。
ある意味、マーケット全体が、より消費者の生活実態に合った、利便性が高く、気の利いたサービスへ向けて変化しだしたとも言えるが、旧態依然とした仕組み・構造から抜け出せない企業は置いて行かれる。
リスク要因は、我国が直面する急激な人口減少・高齢化、急激なデジタル化と人材不足、パンデミック・戦争などのカントリーリスク(国際的なサプライチェーン)、そしていつまでも変化できない仕組み・構造であり、需要、供給ともに難しい状況にある。
◆ 店とは何か
チェーンストアが生まれて半世紀以上が経ち、店はあって当り前という状況になると、企業(従業員)、消費者とも、いまさら「店とは何か」という基本的なことすら疑問に思わなくなる。本来的に店が持つ利点/欠点、機能(働き)、役割、物理的な空間・場としての意味など、あまりよく分からないまま運営されているというのが実情ではないだろうか。
色々な調査からも分かるように、本来、実店舗にとって消費者とダイレクトにコンタクトし、現品確認して購入できることは大きな強み、メリットである。しかし、いまはそれがややもすると弱みとなってしまうところに問題がある。
固定された商圏、人口減少・高齢化に伴う商圏の縮小・密度低下という環境は損益分岐点が高く、経費が固定費的に発生する実店舗にはマイナス要因である。特に売上に関係なく発生する在庫・物流と人手(人材)不足は大きなネックとなる。
単純に小売店の機能を考えれば、数多くの商品の中から、お客が買いやすいように商品を選別、構成し、消費者がいつでも買えるように在庫して販売するということになる。重要なことは、ただ商品を集めるのではなく、目的に応じて商品を選別、構成(様々な要素の商品を組み合わせて一つのまとまりある形につくり上げる)することである。
このような、どの店舗でも当たり前に行う多品種少量の現品販売は通常のECでは対応できない。実店舗を併設するネットスーパー、もしくはAmazonパントリーのような混載の仕組みを持つ企業にしかできない特殊なものである。
それが維持できなくなるような環境変化が予測されれば、何らかの修正が必要になる。どう考えても方向性はある程度限られているから、あとは実現するための実証実験に取り組むだけである。
◆SM店舗の意味・ポジション
店舗には色々なタイプがあるが、そのポジションは、図表①-④に示すようなマップ(2軸からなる4分割エリアに位置付ける)で確認することができる。

SM店舗のポジション確認に多く用いられる軸は、「店舗規模」「商品グレード(価格帯)」「立地(駅前/住宅街、都市部/地方・郊外)」などであり、それらを用いて店舗規模×商品グレード、店舗規模×立地などのマップが作られる。
日常食の食材を販売するという点では、どのSMも同じであるから、改めて機能について触れられることはなく、店舗の位置づけは、店舗面積(売場面積)・駐車台数などの規模、部門構成、商品の価格帯(グレード)、店舗立地など物理的な側面が中心になる。
現在は、前述のように業種業態の境界線が曖昧になり、あらゆる分野の企業が消費者とのインターフェイスの奪い合い(特に専用アプリによるone to oneマーケティング)に集中し、競争環境は大きく変わっている(実店舗は不特定多数を対象とするマスマーケティングのため個人特定ができない)。
当然、店舗のポジションを決めるマップの軸も、お客のどのようなニーズに対応するのかが分かるように提供されるサービス、ビジネスモデル、機能などに変える必要がある。
図表⑤-⑥は、「食」に関係する様々な業種業態を位置付け、成長するポジション、衰退するポジションなど全体的な傾向を確認するためのマップ(例)である。

ここでは、SMの通常ポジションと考えられる「日常」に対し、「非日常」を加え、また、従来「物の充足」が主であった物販に対し、「参加・体験・成長など状況の改善・充足」「QOLの改善」など「to do、to be」という新たな要素を加え、従来とは異なるニーズへの対応状況が確認できるようにしてみた。
昨今の状況を考えると、「中食」がクローズアップされ、総菜を強化してイートインを取り入れるなど商品形態、提供方法中心に変化が見られる。しかし、対象とするマーケットが日常食であれば、多少商品や提供する形態が変わっても、全てのSM実店舗が同じ家計支出費目を奪い合っている状況に変わりはない。現在のビジネスモデルのまま商圏内シェアを高めることも一つの選択肢ではあるが、あくまでも強者の論理であって、すべての企業、店舗には当てはまらない。
問題は、現在の実店舗がどの程度の商圏人口減少・高齢化、マーケット構造の変化、および直売所・道の駅(6次化)、ネットスーパー・EC、フードデリバリーなど他チャネルからの侵食に耐えられるかである。
ただし、現在のような状況が続けば、結果として消費者は食をベースにした様々な体験(潜在的可能性のある)をすることができないまま放置されることになる。同質の競争は、安定供給される商品と価格/コストに集中し、たとえどんなに多くの店、商品に囲まれていても消費者は限られた商品しか手にすることができない。決して豊かとはいえない(選択肢がない)消費生活を強いられることになる。
かつて量販店は、物がない時代に多くの商品を消費者に届け、物理的に豊かにするという重要な役割を果たしてきた。しかし、現状を見ると、時代は変わっても当時と同じように大量の商品を供給し続け、新たなステージの前に立ちはだかる壁のような存在になりつつあるのかもしれない。
これまでの「日常食」「安く大量に」という概念にこだわることなく、消費者が本当の意味で豊かさを実感できる新たなマーケットを創出する必要(責任?)があるだろう。
◆新たなポジションをどのように設定するのか
すでに「店頭に物を並べ、売ったら終わり、あとは消費者任せ」という時代ではなくなっている。重要なことは、ベースにあるお客と店舗の関係性を如何に変えることができるかだろう。現状の関係性は、近隣に新たなコンセプトの競合店ができた時にはじめて分かるが、それでは遅すぎる。
単なる商品売買というドライな関係以外にもいろいろな形で関係性を構築することはできる。
たとえば、雑誌で見るような「ワインとチーズのある暮らし」をイメージした場合、従来であれば、売場に商品をたくさん並べてコーナー化し、チラシ・パンフレットを配布すれば、それで売上は上がり、目的は達成できた。試食・試飲(コロナで難しいが)などは手間がかかり、たとえ実施しても、それで「ワインやチーズのある暮らし」がライフスタイルとして定着するわけではない。
ワイン、チーズは、歴史的にも日本人にはあまり馴染みがある商品とは言えない。知識的にも乏しく、生活に定着しているわけではないから安定的な売上確保は難しい。スタッフが多少の仕掛け、販売努力をしても、売場担当が変われば、すぐに以前の状態に戻る(人によって売上が変わる典型的な例)。
もし、「ワインやチーズのある暮らし」をライフスタイルとして定着させようとするのであれば、参加者を募り、定期的にメンバーと一緒にワインやチーズが楽しめる「場(イベント)」を設定するような継続できる仕組みが必要になる。
飲食可能な「場」、生産者を含めた様々な交流・交歓、情報提供によって欲求・好奇心・知識欲を刺激し続ける「場」、成長を促す「場」を運用する仕組みが必要である。
小売業は手間暇かかることを嫌うが、初期のホームセンターは襖や網戸の張替えなど、実演・体験イベントを定期的に行っていた。現在もスタッフがアドバイスし、DIYできる場所と工具を提供する企業がある。マーケットを育てるにはそれなりの手間をかける必要がある。
ステージを変えるには従来の枠組みから一歩踏み出す必要があることは誰もが理解するが、実際に実行に移す人・企業はほとんどいない。必ずしも単独でやる必要はなく、協力企業・団体を募ればよいが、実現には強力なリーダーシップと信念が必要になる。(大変であるから、それをやり遂げた人しか次のステージには行けない)
知識、認識、価値観が変わることで人も組織も成長し、顧客も店もステージが変わる。バブル期の終盤、盛んに議論された消費者論は、単に物の消費量が増える(メーカー、小売からすれば売上が上がる)のとは異なる「成熟した消費」が生まれることを予感していた。流通小売論・消費(者)論も、そのような流通小売の姿を模索し、実現を期待していたはずである。
いまさら当時の流通小売論・消費(者)論を引っ張り出してどうこう言うつもりはないが、小売業が進化する方向については、すでにバブル、バブル崩壊・価格破壊、その後の失われた30年の間にブラント品・高額品、安売り、大量販売、…等々、様々な消費の形を経験し、それがどういうものかという結論も分かっているはずである。
現在、唯一到達、確認できていない消費・流通の形は、体験型消費・自己実現型消費、サービスと物販が融合したサービス型小売業であり、これまでの経緯、周囲の状況から見ても、いままさにそこへ向かおうとしていると考えるのが自然である。
消費者にとっての「豊かさ」は、溢れるほどたくさんの物に囲まれることではなく、時間・空間・経験など欲求を満足させるQOL(Quality of Life)の実現、結果としての成長であることは、この何十年かの経験から学んだはずである。その経験を生かせるか否かは流通小売業の将来を占う上で非常に重要であるし、それは関係者の双肩にかかっているといってもよいだろう。
興味・好奇心・知識欲・ワクワク感(体験)、....。どんな企業が、どのように実現するのか、そして消費(者)と小売業がどのような進化の仕方をするのか、楽しみである。