『仮想ケーススタディ 「母になるなら流山市 ターゲティングの是非を考える(前編)」』 清水信年先生

流通科学大学 商学部 教授

ウェブ上での仮想ケーススタディ、2つ目の題材は千葉県流山市です。この市役所には、全国の自治体で初の「マーケティング課」が設けられています。そこが中心となり取り組んだ人口増加策が大きな成果を挙げ、現在も大きな注目を集め続けている事例です。

民間出身の井崎義治市長が2003年に着任。共働き・子育て世代の「DEWKs」(Double Employed With Kids)にターゲットを絞り、2005年のつくばエクスプレス開業で秋葉原から20分になったという立地を生かして、当地への移住を促進するための数々の施策が奏功しました。「母になるなら流山市」というポスターを、東京都心の地下鉄駅などで目にされたことがある方も多いかもしれません。

鉄道の新線開業はたしかに追い風ですが、それは流山だけでなく沿線の周辺都市にも同じ条件でした。また、当時は首都圏の地価下落が進んでいた時期で、郊外の流山市とはいえ都心部と比べての割安感を打ち出しにくいタイミングだったそうです。大きな産業がなく個人住民税による歳入に頼る同市にとって、新住民をいかにして増やすかということが大きな課題でした。

具体的な事例の内容を紹介する記事などはウェブ検索するとたくさん見つかりますが、たとえば下記を読んでみてください。

東洋経済オンライン 「30代人口急増!流山市、”異端”の街づくり マーケティングがあれば、地方都市は蘇る!」

30代人口急増!流山市、”異端”の街づくり | 街・住まい | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

MAD City 「ここ10年間で人口が2万人も増加した流山市のシティセールスは、次のステージ『シビックプライドを育てる』へ」

ここ10年間で人口が2万人も増加した流山市のシティセールスは、次のステージ「シビックプライドを育てる」へ

みんなの介護 「10年で3万人の人口増を達成!マーケティング思考で『上質なまち』をつくる」

10年で3万人の人口増を達成!マーケティング思考で「上質なまち」をつくる|ビジョナリーの声を聴け|みんなの介護 (minnanokaigo.com)

これらを読んだうえで、以下の設問に対するご自身の考えをまとめてみてください。

「あなたは、自治体の首長です。流山市の成功を参考に、自分たちのまちでもターゲットを絞って転入者を増やすという策をとることができるでしょうか。」

ターゲットに設定した顧客層に対してどのような価値を提供できるかを検討する、というのはまさにマーケティングの基本であるSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)の考え方です。一方で、日本では「行政の公平性」が重視されます。憲法や国家公務員法、地方公務員法では公務員は「全体の奉仕者」でなければならないということが規定されています。その観点からすると、特定の層だけに向けた施策に注力するような財政は各所から批判される懸念もあるため、実践するにはそれなりの説得力ある理屈が必要でしょう。

当ケースは、ターゲティングというものの重要性について色々な示唆を与えてくれます。次回の後編で、そのことを議論したいと思います。

(次回に続く。)

※ 当ケースの初出: 清水信年「逆風下の顧客創造 第9回 行政におけるマーケティング・マインド ~子育て支援を通じた流山市の価値づくり」『日経消費インサイト』2015年6月号、92-93頁。

<了>