『17. リテールエンジニアリング』 小松崎雅晴先生

芝浦工業大学 非常勤講師、エム・ビィ・アイ代表

◆技能と技術、そしてエンジニアリング

技能(Skill)は、ある事柄を達成するための経験に基づく属人的な能力である。同じ目的を達成するための手順、用いる道具、やり方などは人によって違うことも多く、他人に移植することは難しい。売場の接客、陳列・ディスプレーなど感覚的要素が重視される場合に素養、勘、コツなどという言葉で表現される。同じようにやっているようでも違いが生じる理由が分かり難い場合に用いられることが多い。

コンピュータの世界は科学的で、技術の世界とも思われがちだが、データ分析などで使うExcelは同じ結果を求めるのにいくつものやり方があり、人によって用いる操作が違う。プログラミングも同様であり、同じ目的でも人によって方法、出来栄え(精度)などに大きな差が出る。特に高度な処理になればなるほど、技能的側面が大きくなる。

一方、技術(Technology)は、ある事柄を達成するための科学(Science)に基づく知識(体系)であり、普遍化され、属人的ではない。他へ移植することができ、誰もが同じように使い、同じような結果を得ることができる。

小売業では、歴史的にも「技術」のように普遍化、体系化されたものは少なく、技能として知識、経験、ノウハウなどが俗人的に存在してきた。結果的に、企業組織に技術が蓄積されることはなく、たとえ一時的に状況が改善されることがあったとしても、人とともに失われ、継続、発展することは稀である。常に変わる(える)ことを求め、前任者のやり方を否定して新しいやり方に変えることを良しとする業界の風土も多分に影響していると思われる。

自然科学や数学を人間に役立つ実用的な分野に応用したエンジニアリング(Engineering工学)は、知識や技術の体系であり、土木工学、建築工学、機械工学、電気工学、電子工学、通信工学、情報工学、素材工学、経営工学、生産工学、人間工学、安全工学、金融工学、色彩工学、…等々、様々な分野で確立、発展してきた。しかし、残念ながらサービス分野の拡大から提唱されたサービス科学工学(Service Science、Management & Engineering)、小売分野のリテールエンジニアリングは、明確な形としてまとめられ、オーソライズされることはなかった。必要性から概念や一部のイメージが提示されたが、近年ではその名称を聞くこともなくなっている。

小売業では多くの大手企業経験者が独立、あるいは転職して他企業の指導に当たっているが、そこで用いられる知識・経験・ノウハウなどは技能的側面が強い。変化のスピードについていくには、外部からできる人を入れる、ハードを入れ替えるなど、結果が早く出る方法を優先するということだろう。ただし、時代の流れを考えると、色々な意味で技能者・技術者の育成が急務であることは確かである。

筆者は工学部で経営工学を専攻しており、小売の現場に様々な生産分野で実績のある管理技術を応用して分析・改善を行ってきた。IE(Industrial Engineering VTRを用いた作業改善、レイアウト改善、ジグ・器具開発など)、QC(Quality Control;品質管理、統計手法)、マテリアルハンドリング(Material Handling)、工程分析、人間工学などは、販売データの統計的分析、スケジューリング(負荷計画)、作業・業務改善、レイアウト改善、陳列・演出、商品構成の分析・改善など、多くの分野に応用でき、確実に成果を上げることができる。

水は高い所から低い所へ流れるのが自然の摂理であり、様々な分野で科学的、実証的に培われた知識、技術、ノウハウの応用は、小売業の常識(やり方や結果としての生産性など)を大きく変えることができる。

◆小売の現場で使える技術は多い

実際の現場では、基本原則(多くの実証研究から導き出されたこうすればよいという原理原則)から外れたことも多く、改善の余地は大きい。分かりやすいのは、バックヤード作業・加工工程・レイアウト、売場づくり(レイアウト、商品構成、陳列・演出)や関連する作業・業務・スケジューリング、およびそれらの管理である。

科学的アプローチでは、事実を集め、類似する特性によってグルーピング、モデル化して法則を見出すという手順を踏む。見出した法則を仮説として整理し、実証実験を繰り返すことで、適切な方法を見出すとともに、管理する上でどんなデータを、どのように分析・検討・評価し、どのような方向で改善すればよいかを知ることができる。

目的を達成するために必要となるデータの取り方、使い方を決める重要な手順であるが、その手順を省いたために、使えないデータをたくさん集め、無意味な集計、蓄積を繰り返しているケースも多い。

① 売場における視認性 色や照明

★大型の総合スーパー(以下GMS)で柱周りのディスプレー替えをやっているのを見たことがある。時間とコストを掛け、商品を細々と組み合わせた凝った作りも、見る距離によっては逆効果になる。売場の一辺が100m近くもある広い売場を前提に考えると、遠くから見せるアイキャッチャーが目的であれば、信号機のように視認性の高い色、少ない色数、丸・三角・四角などのシンプルな形で色の面を作る方がよく、不規則に入り組んだ色・形では視認性が著しく劣る。遠くから見せるのか、中間距離か、ディスプレーの近くかによって、高さ、色・形の複雑さなどを変える必要がある。POP・ボード(色、文字のサイズ・書体・文字数、内容、絵などの表現方法)も同様であるが、現場では目的・前提条件が曖昧なまま行われるケースも多い。
筆者は、ホテルでチェックインする際、フロントの照明の暗さ、文字の小ささに苦労することが多いが、人口の半分が50歳を超えようとする日本では、POPやサインボードなども図やピクトグラムを多用するなど見やすくする工夫が必要だろう。筆者は入社1年目に研修を受けたが、日本色研事業(株)が資料を数多く出しているので、最低限売場で必要となる基本的知識は押さえておくとよいだろう。

② 高さ

人間工学的には人の身体的能力に適した環境設定(自然に動ける)が望ましい。例えば一般家庭のタンスやキッチンなどを見ると、高頻度で使うものの収納は、取り出しやすく仕舞いやすい高さ、形、仕掛けになっている。

売場であれば、それ以上に商品が見やすく取りやすい陳列方法(上下左右の高さ・角度、安定性など)など、お客、販売スタッフともにストレスなく商品が扱えることが重要になる。

一般的に女性の平均身長は約158cmとされ、目の高さはそれよりも約10‐15cm、肩の高さは25‐30cm低い。ただし、これに該当するのは10歳代後半から50歳代までであり、60歳代になると153cm、70歳以上では148cmとなる。膝を曲げ、目線の高さを高齢女性に合わせてみると見える景色は全く違う。筆者(172cm)が何とも思わない高さが、実は高齢女性には高すぎて届かない。ペットボトルの蓋やプルタブが開けにくくなるなど握力低下も指摘されており、超高齢化社会では、これまでの基準(当たり前)を見直す必要がある。

*例えば、従来では重量物を下に置いていたが、ショッピングカート(カゴ)の高さの方がよい、ショッピングカートにカゴを上から置くよりはスライドできた方がよい、….等々。

③補充作業

慣れない人が商品補充をやると、商品を陳列するよりも陳列場所を探すのに多くの時間が掛かる。誰でもストレスなく効率的に作業ができるようにするには、あらかじめ通路やゴンドラ単位に商品をまとめ(範囲を絞る)、場所ごとに色分けする(直感的に場所が分かる)などの工夫(分類する工程が増える)が必要になる。

現状は、発注(売場の棚割り順)、発注リスト(商品コード別にソート)、取引先のピッキングリスト(倉庫の棚順)、ビッキング-梱包(倉庫の棚順)、納品伝票(商品コード順)など、個々の工程で最適化が図られているため最終工程である補充作業(棚割り順)に皺寄せがくる(棚割り順に発注していても納品時は棚割り順になっていない)。

物流倉庫がAI、ロボットなどによって根本的に変わっており、いずれ売場も連動して変わるのだろうが、それまではIEや様々な工夫による対応が必要になる。

④マテリアルハンドリング Material Handling物の取り扱い(以下マテハン)

むかし、ミニキャリー/コンテナが流行った時代に、それらを排除し、青果売場に幅広の多段トレーを導入したことがある。コンテナは重ねると中身が見えず、重量・嵩があるのに積み替え(取り置き)が頻繁に必要になる。高さも3~4段が限界で、嵩の割に商品量は入らない。一方、多段トレーでは、コンテナ一つ分と同量の商品がトレー1枚に収納でき、5~7段使える(1台のストックや品出し量が約2倍)。加工、ストック、品出しなど一種類で対応でき、場所も取らず、動かす時も軽く扱いやすい。

探し・取り置きの排除、常に動かせる車上というマテハンの基本原則通りに設計すれば、はじめから無駄は排除できる。

⑤買い物行動

SMの買い物では、売場に並んだ商品現品を見てから買う商品を決めるケースが多いことが何となく分かっている(正確なデータがない)。しかし、商品がどのようにして買われるのか(選ぶプロセスと理由)、買い方(商品)のタイプ、およびそれらの違いは、よく分かってはいない。

商品のタイプを具体的に考えると、他の商品と連動して売れる(明確な因果関係がなくても相関関係が認められる)/他の商品と関係なく売れる、価格を下げると売れる(漠然と価格と売上の間に何らかの関係が認められる)/価格と関係なく売れる(価格が変わっても売れ方がほぼ一定)、バンドルで売上が伸びる/バンドルでも売上が伸びない、買い置きする/その都度買う、….等々。売上が変化する要因の違い、買い方 (とその理由) の違いなど、商品のタイプを整理することは、色々な意味で重要である。

また、おいしそうな肉があたから焼肉にしよう、寒くなったから鍋にしよう、….など、主菜が変わると、それに伴って副菜、汁物、場合によっては主食や酒類までもが連動して変わることがある。主となる商品、その周辺で影響を受ける商品、それらにはどのような商品があって、どのように影響し合うのか、グループごとに法則性を見出し、パターンを整理すれば品揃え、売場づくり、POP表記、チラシの掛け方・レイアウトなども変わるはずである。

また、特定の商品が高かった、あるいは無かった(欠品or取扱いナシ)場合に代替えとして売れる(or提案できる)商品など、様々なケースについても整理しておくとよいだろう。

上記はほんの一例でしかなく、売場にはもっと多くの様々な問題が気付くことなく放置されているはずである。それらを実証研究し、法則性を見出して適切に処理することができれば、確実に無駄を排除し、生産性を上げることができる。さらに法則を生かした仕組みを確立していけば、活動の精度が高まり(お客の購買行動にマッチする)、企業としての能力、クオリティも高めることができる。

デジタル化が急速に進み、DXの必要性が叫ばれているが、それ以前の課題として、エンジニアリング的な思考と手法を取り込み、精度の高い仕組み、システムを確立していくことが必要になる。

日常的にレベルの高い仕組みを踏襲することは最高かつ最善のOJTである。リテールエンジニアリングを体現できるような取り組みが望まれる。