『4 イノベーションを生み出す』 西山茂先生

早稲田大学大学院 教授

イノベーションが話題になっている。その大きな理由の1つは、多くの企業において既存の事業の成長が難しくなる中で、成長するために、新しい技術や製品、またサービスを生み出すことが求められているためであろう。それでは、イノベーションとは何だろうか。言葉の響きからは、これまでなかったような新しい技術、製品、サービスなどを生み出すことというイメージがある。ただ、イノベーションの元祖ともいわれるシュンペーターも「物や力を従来とは異なるかたちで結合すること」と言っているように、イノベーションとは、既にある知と知を組み合わせることである。その意味では、ちょっとしたひらめきや気づきから、いろいろなイノベーションが生み出せる可能性がある。

イノベーションを生み出してきた代表的な企業の1つに、ポストイットで有名な米国の3Mがある。同社は、新しい技術や製品を生み出すために、いくつものユニークな仕組みを作っている。まず、財務の目標として、過去5年以内に新しく市場に投入した製品によって、全売上高の数十%を確保する、という明確な目標を設定している。また、社内の過去の研究開発の成果や現在進行中のプロジェクトの状況をデータベース化して、情報共有をしやすくし、また、技術者のコミュニケーションをイベントや分科会、会報などで促進する仕組みを作り上げている。さらに、有名な15%カルチャー、つまり勤務時間の15%程度を自分に与えられているテーマ以外の研究に使うことができるというという考え方があり、成果が出なくてもペナルティは全くなく、成果が出てきた場合は、資金を含めて支援する仕組みを作り上げている。また、モーゼの十戒になぞらえて、社内で11番目の戒律と呼ばれる「汝、アイデアを殺すなかれ」、つまり管理職は、確固たる反証がない限り、部下のアイデアを否定することができない、という考え方も共有している。さらに、成果を出した技術者に対しては、「知恵に対しては名誉で報いることが望ましい」という考えをもとに、社内で価値のあるイノベーションに対して複数の賞を設定し、表彰している。ただ、受賞は原則として直接的な金銭報酬にはつなげず、昇進などを通じて間接的な金銭的な報酬につなげている。

このような、3Mの状況をベースにすると、イノベーション重視の方針を打ち出すこと、イノベーションにつながる情報を共有し、関心のある者同士がコミュニケーションをとれるような仕組みを作り上げること、成果のビジネス化を支援するための仕組みを作ること、労働時間の一部をイノベーションに使えるような仕組みを作ること、失敗してもペナルティを科さず、成果が出た時はしっかりと賞や昇進で報いる仕組みを作ること、といった点がイノベーションを生み出すためのポイントだと考えられる。

一方で、イノベーションを生み出すためには、最近話題になる多様性も1つのポイントだといわれている。ただ、多様性の中でも、緩やかな関係があり、ほどほどの知の広がりがあるケースがより成果を生み出しやすいという研究結果もある。このような視点で、多様な知や経験を持つ人の緩やかなグループやネットワークを作ることも、イノベーションを生み出す1つのベースになりそうだ。

最後に、以前3Mの方とお話をした時、その方は「イノベーションとは技術をお金に換えること」という説明をされていた。この言葉のように、企業の場合は、最終的には経済的な成果に結びつけることを意識することも重要になる。