『19. CGP(Chain-store Growing Paradox)』 小松崎雅晴先生

芝浦工業大学 非常勤講師、エム・ビィ・アイ代表

■はじめに

「NHKスペシャル▽ヒューマン・エイジ人間の時代 プロローグ人間の未来は繁栄か破滅か?」という番組は大変興味深い内容であった。

人類の進化過程を見ていくと、集団の規模が大きい(人口が多い)方が進化するという。様々な視点から様々な発想が生まれる「集団脳(Collective Brain)」が働くことが理由と説明されるが、それでも過去に繁栄した文明はことごとく滅亡している。

現在、過去に滅びた文明250以上の原因を解析するプロジェクトが行われているというから、いずれ繁栄と滅亡の構図が明らかになるだろう。

その内、記録があり、ある程度原因が分かっている(想定できている)ものもあるという。

例えばローマ帝国は領土を拡大するために多くの市民を戦に駆り出し、経済的・社会的に混乱したことが滅亡へつながったという。また、ピーク時には1000万人超と栄えたマヤ文明は、農業技術の発展からより多くの農地を確保するために過剰な森林伐採(自然破壊)を行った結果、食糧危機を引き起こし滅亡したという。さらにエジプト文明、ギリシャ文明など地中海沿岸の文明の粋が集まったといわれる古代都市カノープス(Canopus)も最盛期には10万人超と繁栄したが、地盤沈下と大地震によって海底へと沈んだ。地盤の悪さに気付きながらも、そのリスクを放置したのは科学技術、繁栄に対する過信と言われている。

いずれの文明も規模の拡大が責任の所在を曖昧にし、科学技術の進歩と繁栄への過信、自然破壊、社会秩序の乱れなど、現在とも相通ずるような状況が滅亡の原因とされることは大いに気になるところである。

特に科学技術が発展し、繁栄して集団の規模が大きくなればなるほど、崩壊の規模、ダメージも大きさを増すという事実(Paradox)は現在も変わっていない。

番組の最後に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ(ビスマルク ドイツ)」という言葉があるが、エジプトではピラミッドが地盤沈下で崩壊した同じ場所に500年後またピラミッドを作るということが行われていたというエピソードが語られていた。

歴史に学ぶことなく失敗を繰り返すが、それでもまた再生し、滅亡と再生を繰り返してきたのが人類の歴史だという。

◆CGP(Chain-store Growing Paradox)

このような人類の歴史と同じような現象が小売業にも見ることができ、どことなくメカニズムも似ている。

以前、株式を公開している小売企業約200社について,単独売上と営業利益の関係を最長30年に渡って調べたことがある。企業が成長し,ある規模になると急に売上が低迷する企業が現れる。しかも、ひとたび売上に変調をきたすと低迷は10年単位で続き、最悪の場合、業界を代表する巨大企業であっても破綻する。図表1

売上、営業利益ともに順調に伸びる企業は全体の約1割と少なく,順調に推移していた企業でも,ひとたび売上が横這いになると営業利益は急激に減少する(机上論の理屈と実態は必ずしも一致しない)。図表2(①~③)

このような現象はほぼ全ての業態に見られる現象であり、チェーンストアという経営形態に備わる構造的特性と考えられる。

本来、企業にとって有利であるはずの規模の拡大、チェーンストアにとって重要な経営目標でもある規模の拡大を目指した結果、かえって活力を失い、長期に渡る業績低迷に陥ってしまう。

このようなチェーンストアの構造的矛盾をCGP(Chain-store Growing Paradox ; チェーンストア・グローイング・パラドックス)と名付け、そのメカニズムを解明した。

小売業は損益分岐点が高く、経費が固定費的に発生するという構造的特性を持つ。売上が大きく伸びている限りは、大きな利益を得ることができる。チェーンストアは、成長期にこそ、その強みをいかんなく発揮する最強の経営形態であり、これまではプラスの側面が強調されてきた(マイナスの側面があることを指摘してこなかった)。

実際にシミュレーションすると、あるドラッグストアでは売上を2~3割伸ばすと経常利益は5割増え、売上を5割以上伸ばすと営業利益は2倍を超えた。同様にある飲食店では売上伸び率の2乗で経常利益が伸びた。

しかし、この特性は両刃の剣でもある。成長期に利益を倍加させたテコの原理も、ひとたび売上が低迷すれば、高い損益分岐点、固定費的に発生する経費が重しのようにのしかかり、経営を圧迫する。成長期には知ることのなかったチェーンストアの負の側面である。

チェーンストアには、成長、衰退、どちらの方向にも一方的に向かってしまうという特性がある。この構造的特性をよく理解して使いこなすことが重要になる。

企業が規模拡大の後に経験する「負のスパイラル」の構図、CGPのメカニズムは以下のように説明することができる。

① 規模拡大による新店効果(業績変化率)の低下 ; チェーンストアの店舗数が少ないうちは、出店による新店効果(業績変化率)が大きく、売上増⇒利益増⇒再投資(出店)⇒売上増(新店効果)….という成長循環の効果が強調される。しかし、企業規模が大きくなるにつれて、高い新店効果(業績変化率)を得ることは難しくなる。

損益分岐点が高く、経費が固定費的に発生するという小売業の構造的特性故に、高い売上伸び率が維持できなくなると利益の伸びは止まり、成長の循環を維持することが難しくなる。戦略目標でもある「企業規模の拡大」が、同時に低迷、破綻を引き起こす重要なリスク要因となる。

② 商圏の高齢化に伴う消費構造変化、既存店の業績低迷 ; 既存店が増えるにつれて高店齢の店舗は増え、同時に商圏も高齢化して、ライフステージ(年齢、職業・収入、家族構成など)、ライフスタイル(暮らし方)は大きく変わる。

人口減少・高齢化に伴う商圏の構造変化(商圏縮小・人口減少・世帯人員減少=密度低下)、消費構造変化(世帯人員・世帯収入・消費内容変化・量減少)、立地条件の変化(交通アクセス、商業集積、商圏密度変化)は、高店齢化した既存店の業態(店舗施設、部門構成、商品構成など)としての競争力を弱める。

既存店の業績が悪化すると、巨大になった既存店の売上減少分を新店でカバーすることは難しくなる。

③ 出店の前提となる既存店の業績低迷と出店減少、成長循環の停止 ; 店舗数が増え、企業規模が大きくなると、高店齢化した既存店の比率が高まって競争力は相対的に弱まる。スクラップ&ビュルド(既存店を閉鎖し、新たな立地・スペックで新店をつくる)と違い、弱体化した既存店の修正は難しい。多くの既存店を抱えた企業ほど構造的に業績低迷に陥りやすく、修正も難しい。

既存店の上げた収益を再投資して店舗網を拡充する拡大再生産は滞り、やがて成長の循環は停止する。

④ 逆に働くテコの原理、チェーンストアが破綻する負のスパイラル ; 新規出店が滞り、停止すると固定費の塊である「弱体化した既存店」が経営の自由度を奪うようになる。このような状況に陥ると「高い損益分岐点、高い固定費比率」という成長期には利益を倍加させ、企業の成長を加速させたテコの原理が逆に働き経営を圧迫する。

赤字店の撤退、閉鎖にもコストがかかり、雇用、各種契約、地域との調整などに時間がかかれば、企業はさらに疲弊する。不振店の整理がはじまると、売上は加速度的に減少し、負のスパイラルに陥る。

チェーンストアが破綻する典型的なパターンである。

これが、業界をリードした大手企業が破綻していったCGPのメカニズムである。

人口ボーナス(働く人が増えて豊かになる)後に必ず訪れる人口オーナス(高齢化して社会が養わなければならない人が増え、重荷になる)と同様、成長期には武器であった「規模」はやがてリスクへと変わる。

チェーンストアは成長する時も衰退する時も一方通行であり、どこまでも成長し続けるには、常に進化し続けるしかない。我が国のマーケット環境を考えれば、グローバル化するか、他の成長マーケットにシフトする、あるいはビジネスモデルを複合化して多くのマーケット=収益源を確保するしかないだろう。

  • 消去法から考える進化形

日本のほとんどの都市が人口減少・高齢化する現状では、単一マーケットに単一業態で事業拡大することには限界がある。セグメントされたマーケットごとにビジネスユニットを確立し、アメーバーのように増殖させながらトータルとしての成長を目指すしかない。

成長期に総合化・一般化し、機能分化した構造から逆に細分化・専門化、機能統合し、専門特化することでマーケットの寡占化を図ることは有効な戦略である。専門特化したビジネスユニット(モジュール)をマーケット環境に合わせて単独、複合化、総合化して様々な状況に対応する仕組みを構築することは有効な手段となるだろう。

図表3は、良品計画の事業をベースに筆者が可能性があると考えたビジネスユニットをリストアップしたものである。良品計画は小売業の中でも特に様々なビジネスユニットの組み合わせによる事業展開の可能性の高い企業であり、筆者は以前から継続的にその可能性を研究してきた。

今後は、様々なビジネスユニットを生かしながら、プラットフォーマー、メタバースなど新たな次元に入っていくことも考えられる。この図表も時間とともにバージョンアップしていくことになる。

重要なのはビジネスユニット全般に対応可能な汎用性あるビジネスモデル(モジュールシステム)の開発である。標準的なビジネスモデル(モジュールシステム)をベースにして様々なマーケットに対応すれば、新たなマーケットへの参入もスピーディ、かつ効率的に行うことができる。

チェーンストアを小売業と考えるか、システム業と考えるかの違いは大きい。IT・デジタル技術を活用し、新たなビジネスを展開する経営者にはIT系企業の出身者が多く、そのビジネスモデルもITオリエンテッドである。彼らの多く、あるいはほとんどが自分たちは小売業者ではなく、IT、システム事業者と考えているだろう。この違いは大きい。

例えば、ラクスル株式会社のHPには「デジタル化が進んでいない伝統的な産業にインターネットを持ち込み、産業構造を変革することを目指し、B to Bプラットフォームとして、各業界のデジタル化を推進しています」とある。

印刷・運送などのマッチングを行うラクスル、駐車スペースのアキッパをはじめ、アパレル縫製のヌッテ、シタテルなどを見ると、個人や中小零細規模から成り立ち、IT、デジタル化が遅れている分野にプラットフォーマーとしてビジネスモデル=システム(マッチングから新たなシステム構築まで)を持ち込み、新たなマーケットを開拓することで業界を活性化している。

それらは基本的に空き・隙間のマッチングビジネスであり、UBERと同じ論理から成り立つビジネスモデルで需要と供給をマッチングし、Win-Wi-Winを創り上げている。ある意味、かつてのコンビニエンスストアが酒店などの個人商店をフランチャイズ化したのと似た動き(現代版)である。

小売業界も単一業態で規模を追求するマスの時代から個別の状況に対応するパーソナライズの時代に入ったと考えれば、マーケットを細かくセグメントし、個々の状況に合わせて細かく対応できるようなビジネスモデルへ切り替えていく必要がある。

電球は買えても一人で電球が替えられない世帯、仕事柄、店が閉まった時間にしか帰れない人、...等々、細かなニーズにいかに対応するかという隙間マーケットに向かう企業は、ベンチャーだけでなく、大手企業を含めて今後増えていくだろう。

単一業態で1000億円は難しくても、複数のビジネスユニットで1000億円という企業グループは可能性が高い。

変化の時代をチャンスと言う人は多いが、そのチャンスに実際に取り組む人は少ない。だからこそチャンスということだろう。