芝浦工業大学 非常勤講師、エム・ビィ・アイ代表
「出生率が死亡率を上回るような変化がないかぎり日本はいずれ存在しなくなるだろう。」といういたって当たり前のことも、世界的に影響力のあるイーロン・マスク氏のツイートとなると多くの人が反応する。
それ以前にも人口減少に関する多くの警告が発せられているが、当事者意識が持ちにくいだけに対応は難しい。
例えば、平成10年(1998年)版厚生白書(少子社会を考える)17頁には「仮に、1996 (平成8年) 年」における女性の年齢別出生率(合計特殊出生率1.43)、出生性比(女性100に対して男性105.2)および死亡率(平均寿命 男;77.01歳、女;83.59歳)がずっと続いた場合の状況を、敢えて計算してみると、日本の人口は、2100年ころには約4900万人、2500年ころには約30万人、3000年ころには約500人、3500年ころには約1人という計算になる。」という囲み記事が掲載された。小泉純一郎元首相が厚生大臣であったことがポイントとも言えるが、このような一文が厚生白書に載ることは異例である。しかし、なぜかマスコミは反応しなかった。
また、平成26年(2014年)5月8日、日本創成会議 人口減少問題検討分科会(座長増田寛也)が 「ストップ少子化・地方元気戦略」の中で「このままでは2040年に20~39歳の若い女性が半減し、人口を維持することができない消滅可能性都市が896(全市区町村の49.8%)にのぼる」と警告した。
人口減少の構図は次のように説明された。進学・就職などで若い人が東京に集中する。しかし、東京は他の都市と比べて合計特殊出生率が著しく低く、結婚し、子供を産み育てる環境にあるとは言えない。その結果、まず若い人が東京へ転出することで供給源である地方の人口減少・高齢化が進み、やがて供給が止まると東京も人口減少・高齢化して日本全体が消滅へと向かう。
この時はマスコミも取り上げたが、896の消滅可能性都市と東京一極集中悪者論ばかりが強調されて終わった。
その後、地方創生や女性活躍など、この提言とリンクする政策もいくつか取り上げられたが、結果を見ればどれも形骸化した議論に終始し、期待された効果は得られていない。
現在はコロナ禍による結婚・出産の減少から、人口減少はさらに10~20年進んだといわれている。特にこれといった産業を持たない都市部のベッドタウンでリスクが高まることになるだろう。
■消滅可性都市と名指しされた豊島区
東京都23区でありながら消滅可性都市と名指しされた豊島区は若い女性が少ない点が問題になった。豊島区は対策として①女性にやさしいまちづくり、②高齢化への対応、③様々な地域との共生、④日本の推進力(国際アート、カルチャー都市関連)を「持続発展都市対策の4つの柱」とした約120の事業と総額140億円超の事業計画を設定している。
現在、安心して子供を産み育てられる、女性にやさしい、リノベーションまちづくり、国際アート・カルチャー都市構想をキーワードに、市民参加のプロジェクトなども活用して具体的に目に見える形の改革が進行中である。地方と違い、都市部で人口・予算規模とも大きく、企業・団体・人材・各種施設などバラエティに富んだ資源に恵まれていることは大きなアドバンテージになる。
危機意識に基づいて知恵を絞りだし、速やかに行動を起こせば、限られた資源(眠っている・有効活用されていない資源を活かす)でも状況を変えることはできるが、抜本的な解決(人口の維持・増加)への道は遠い。
■流山市
地域の活性化を目的に自治体としてはじめてマーケティング課をつくり、戦略的に都市の魅力、価値を高めているのが流山市である。
流山市はマスコミへの露出も多く、市のホームページで公開される資料も多い。資料には「ブランディング」「戦略」という言葉がたびたび出てくるように、中長期ビジョン、マーケティング戦略に基づいた施策を着実に実行に移している。
「母になるなら、流山市」というキャッチコピーは、首都圏に通勤、通学する人なら一度は目にしたことがあるだろう。
主要駅である流山おおたかの森駅は首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスと東武野田線(東武アーバンパークライン)の乗換駅であり、つくばエクスプレスで東京駅まで約40分(秋葉原まで約30分)という恵まれた立地にある。
自然が豊富な環境、子育てを配慮した様々なインフラ(ハードとソフト)の充実など、ポジティブで活力ある街づくりは海外からも注目され、取材も多いという。
人口減少・高齢化が著しい日本では、数少ない「人口が増加する街」も、はじめからそうであったわけではない。
人口対策の実態は、自治体間の人口、特に若い子育て世代の奪い合いであり、現実はシビアである。そのような意味では、現在のポジションを獲得した流山市は典型的な勝ち組であり、その施策(都市の地政学的条件も大きく影響しているが…)は勝ち方のプロトタイプともいえる。ただし、社会増から自然増につながっても地域の合計特殊出生率が2.1を超えない限り人口増加は限定的である(転入超過によって支えられているだけ)。
冒頭に挙げたイーロン・マスク氏のツイートの元になったデータは、2021年10月1日現在の人口推計(総人口が前年比▲64.4万人)であるが、コロナ禍で転入転出が止まったこの2年間のデータだけで判断すると間違える。
2021年のデータを2015年と比べると、全国で総人口▲159.3万人、日本人▲253.9万人。東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、愛知県、福岡県、沖縄県の合計で総人口82.0万人、日本人38.3万人増えているから、人口が減少した残りの道府県では6年間に総人口▲159.3+▲82.0=▲241.3万人、日本人▲253.9+▲38.3=▲292.2万人が減少した計算になる。
コロナ後の予測は難しいが、東京が日本成長のエンジンとしてアジアのハブシティを目指す限り、東京への人・モノ・金・情報の一極集中という構図は大きく変わることがないだろう。
豊島区、流山市ともに消滅可能性都市で人口維持・増加のキーとされた若い女性(共働き子育て世帯)をメインターゲットとし、転入者の獲得を目的に、暮らしやすさ、子育てのしやすさ、豊かで文化的な生活環境などを前面に打ち出して誘致活動を行っている。
多くの自治体が移住者への優遇措置として一時金中心であるのに対し、そこに暮らす限り継続して恩恵を享受することができるインフラ(ハード、ソフト)の充実=高いQOLの実現、その結果としての心理的満足(=自分が住む街に対する誇り・愛着・帰属意識など)に力を入れている点は大きな違いである。
特に流山市は首都圏の鉄道駅中心に広告宣伝する、映画・ドラマなどのロケを誘致する、積極的にTV・マスコミに露出するなどを通して街の知名度、イメージを高めるパブリシティを強化している。
流山グリーンチェーン戦略による森のまち(街に一定比率で緑を配置することで見た目だけでなく、住環境として街全体の気温の上昇を抑えるなどSDGsとも関連する多くのメリットが得られる)、駅前送迎保育ステーション設置による児童送迎の利便性向上の他、「森のマルシェ」「森のナイトカフェ」、子育て支援イベント、音楽イベントなど、市民が楽しめ、関係人口も流山市の良さが体感できる大小様々な参加型イベントを実施し、それらの効果測定と併せてマーケティング課がきめ細かく対応している。
住民が当事者として参加し、自分たちも一緒になって住みやすく、利便性の高い街、楽しく、成長できる有意義な生活環境(結果としての高いQOL)を創り上げているという意識・自覚を持てることは、街(そこで暮らす時間)の価値・クオリティを高める上でにおおいに役立っている。
■小売業は都市の人口動態にどうかかわるのか
都市の人口対策には直接、間接に関係する人口を増やすことが重要になる。直接的な転入者ばかりでなく、その予備軍、あるいは準住民ともいえる関係人口を増やすことで多様性を高めれば、都市の機能・利便性・活力など価値や魅力を高めることに役に立つ。
*東京に通勤通学で通う人は290.6万人、うち272.0万人は東京のベッドタウンである埼玉県(93.6万人)、千葉県(71.6万人)、神奈川県(106.8万人)からである(平成27年国勢調査)。その結果、人口が多く、県民所得も高い3県の県民一人当り年間商品販売額は47都道府県中40位以下と著しく低い(東京で消費し、地元での消費は少ない)。一極集中は限られた勝ち組と多くの負け組という都市間の歪んだ関係をつくり出す。複数都市間で相互にWIN-WINが成り立つネットワークのような関係構築が望まれる。
生地手芸の専門店チェーンであるユザワヤは、生地手芸マーケットがピーク時の半分以下になっても自らユザワヤ芸術学院を通して生地手芸を習う生徒ばかりでなく、教え広める先生をも育成し、マーケットを創出してきた。
自然界にある実りを収穫するだけではいずれ自然が枯渇してしまう。そうならないためには、自然を豊かで実りある状態に維持する工夫や努力が必要になる。そう考えれば、店をつくり、商品を売る(=自然界から収穫する)というやり方(単機能)から、人々と共に活動することで地域が潤う仕組みを創出し、地域と共に店、住民も潤う循環の仕組み(WIN-WIN-WINのシステム)を構築する必要がある。
もし、小売業(チェーンストア)が、他の地域から商品を仕入れ、それを地域の店舗で売るだけであれば、収穫だけして地域への還元がない(雇用はあるが…)集金マシーンのような構図になるだろう。
店舗網や仕入れチャネルを双方向化することでプラットフォーマーのような役割を果たすことができれば、地域の産品を他の地域に販売(or仲介)することもできる。地域の持つ観光資源や地場産業など多様な資源を自社の持つネットワークを介して幅広く他の地域に広めることも可能だろう。
資産である店舗網・仕入チャネルをリアルネットワークと理解するか否かの違いは大きい。各種システム、仕入れチャネルをはじめとしたビジネスのネットワーク、人的ネットワークの中には、まだその可能性に気付かず、活用されずに眠っているものもあるだろう。
一方、地域に眠る資源も視点が変われば見方も変わる。例えば、群馬の山中に眠る急流もオーストラリア人から見ればラフティングにはもってこいの絶好の穴場、重要な観光資源ということになる。また、以前ギフトショーで見つけたメキシカン風のマット(生地と色柄)は犬用の服に仕立てて数百万円を売り上げる商品に化けた。
一般的にビジネスの対象は工業製品や農産物などの産品ととらえがちであるが、産地の立地、気候、土壌、技術、労働力なども重要な要素であり、他へ応用して化けるケースもあるから幅広い視点が重要になる。日本全国を見渡せば、既存の常識、限定的な視点からでは見えない・気付かない、眠ったままの資源が多々あると考えてよいだろう。アイデア、活用の仕方次第で新たなビジネスにつながる可能性もあるが、今はそれを掘り起こす仕組み・機関がない。
流山市がどこにでもあるごく普通の行政機関から街のクリエイター、デザイナー、プロデューサー、コンサルタントとして機能転換し、街を変えることで住民のQOL・意識を変えたのと同様に、小売業(チェーンストア)も物理的な物の流通からそのネットワーク、システムを活用して様々な可能性を追求するクリエイター、デザイナー、プロデューサー、コンサルタントとして地域・住民を活かすような機能転換が望まれる。新しい価値を創出する(リアルシステムの)システムインテグレーターへの転換である。
現在、デジタル化が注目されているが、デジタル化はあくまでも手段でしかない。それを活かす上でも、目標とする将来のアルベキ姿、中長期ビジョン、それを実現するための戦略的施策、そしてそれらを創り、実現させる中核となる組織と機能が必要になる。
チェーンストアが広い視野、多様な価値観を活かすリアルネットワーク、リアルプラットフォーマー、リアルシステムインテグレーターとして機能するように変われば様々な地域の活性化も可能になると考えている。
色々な分野の色々な形態が考えられるが、一つのサンプルは、おばあちゃんたちが葉っぱビジネスで数百万円を稼ぐことで有名になった㈱いろどりのような形だろう。小規模なニッチビジネスで寡占化することは特に地方で有効である。対象を変えながらシステムをモジュール化、パターン化すればフランチャイズによる水平展開も可能になり、ネットワークやチェーンシステムが有効活用できる。地域に眠る素材を料理、ビジネスに仕立てる孵卵器のような機関が必要である。
* 流山市 マーケティング課 業務内容
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/section/1009951/1009954/index.html
* 流山市ブランディングプラン (PDF 589.1KB) 令和3年4月 千葉県流山市 総合政策部マーケティング課
* 流山市 第II期 シティセールスプラン 平成28年12月 千葉県流山市
* ㈱いろどり