心からのご冥福をお祈り申し上げます。

今月20日、(株)平和堂代表取締役会長の夏原平和さんの訃報が伝えられました。平和堂には、コーネル大学RMPジャパンの修了生もたくさんいらっしゃいますので、心中を察するに余りあるものがございます。この上なく残念なことであり、心からご冥福をお祈り申し上げます。

▼夏原平和さんのお生まれは、1944年9月とお聞きしておりますので、77歳です。まだまだ若く、ほんとうに惜しい旅立ちでございます。1968年、父親が創業した平和堂に入社、1989年44歳の時に2代目社長を引き継ぎました。98年には中国に進出、湖南省で百貨店型の店舗を展開しました。国内のGMS(総合スーパー)不振に見舞われた時、「中国に進出して救われたよ」と話されておりました。出店方法も他のGMSと異なり、平和堂の店舗展開を主とするのでは無く、商業集積システムを展開するという戦略でした。中国の店舗訪問時、大成功している印象を受けました。社長就任時に1000億円台だった売上高を、滋賀から京阪神や北陸、東海地方に店舗を広げ、年間売上高4000億円規模に拡大し、2017年に会長に就任なさったのです。本当に優しい人柄で、温厚な紳士でしたが、貫くものは熱く、情熱が滾っておりました。心に残る出来事はたくさんございます。

▼個人的なエピソードですが、15年程前に、平和堂の配送センターや店舗を見学させて頂いた事があります。その折、見学のお礼を申し上げたく本部に寄りました。生憎、会議中という事でしたので、秘書の方に名刺を置いて帰ろうとした時、「遠方よりお越し頂いたのだから15分だけ会議を休憩にする」と話され、貴重な時間を割いて下さったのです。夏原平和さんとの初めての名刺交換になったのですが、お心配りは有難く、今でも鮮明に覚えております。その後、日本スーパーマーケット協会の副会長としてもご尽力頂きました。

▼2012年の尖閣諸島国有化に端に中国の日本企業が次々と暴徒に襲われた事件があり、日本企業は撤退も検討せざるを得ない状況になった事があります。その時、自ら現地に飛んで陣頭指揮をとったのです。TV番組の中で、夏原さんが「子どものように育ててきた店だけに悔しい」と中国人の従業員に話しかけ、一人ひとりと握手を交わしている様子が映し出されていました。そして2か月という短期間で全店再開にこぎつけたのです。何かことが起こった時の企業トップの在るべき姿を見た思いがいたします。

同志社大学の卒業前に長い世界一人旅も体験なさったようで、ソ連からヨーロッパ、そして中東、インドと回った体験談をうれしそうな、体験した時の顔そのままでお話しになった時間を思い出します。そして何よりも、近江商人の「三方良し」の気概を体現するように、「利他を考えることが、結局は総じて良くなる」と話されていたお心を大切にして参りたいと思います。

再び心からのご冥福をお祈り申し上げます。合掌

(2021・12・23)