昨日から、6月に入った。日経新聞の『春秋』欄でこの春に亡くなった俳優の柳生博著『和暦で暮らそう』にある古来の月の呼び名を取り上げていた。水無月、風待月、涼暮月、常夏、松風月、鳴雷月、長夏などの異名がある。確かに自然に対する美意識を感じさせる表現の数々である。もちろん、他の月にも趣深い呼び名が存在し、日本の生活文化の深さを感じる。
▼「古くから日本人は魚を日常食としてきた。魚は“安いもの”という観念があった」。昨日、この欄に登場願った飲食店のオーナーの言である。しかも、日常食でなくなっているという。日本人1人が1年間に消費する魚の消費量は、1990年には71kgあったが、2018年には45kgへと激減している。反対に、魚食文化は世界で急速に普及しており、中国や欧州各国がさまざまな魚種を食べるようになって来ている特に、圧倒的な購買力を持つ中国の勢いは止まらず、幾つかの魚種を「爆買い」し、相場を髙騰させている主因となっているという。同時期に約10kgから約38kgと4倍近くに上昇している。1人当たりの絶対量では日本人の方が未だ上だが、中国の14億人にも上る人口を考えると影響は大きい。
▼魚食文化の世界的な広まりだけでなく、所得増加が著しい新興国でのタンパク質の多い食生活への移行が進んでいる。そして、冷凍・冷蔵技術の進化により、鮮魚を消費できる地域が拡大しているのだ。中国を筆頭とする経済成長の著しい国々では、高級魚を中心とする水産物を高い値段で買い付けることがもはや常態化しているという。どの魚も軒並み価格上昇しているだけでなく、想像できないような相場になり日本は買い負けている。
▼上海市で新型コロナウイルス感染対策のためのロックダウンが解除された。「中国の経済活動が再開したときこそ、相場は再上昇する」とも飲食店のオーナーは警戒していた。物流費の高騰、円安急加速による輸入価格上昇はさらに悩ましいものになる。その上にウクライナ危機がある。ロシアから日本に輸入されている水産物は多い。輸入量に占めるロシア産の構成比は、カニ56%、サケ79%、タラコ56%、ウニ47%となっている。日本人になじみ深い水産物はロシア依存が進んでいるのだ。現状では、政府が禁輸制限を課した品目は木材やアルコール飲料などにとどまるが、当然のことながら、ロシアからの輸入が滞れば、日本の食卓にも悪影響が及ぶ。
インフレ基調にあり所得も増加する海外に対して、日本が購買合戦を繰り広げるのは、水産物だけでなく難しいだろう。デフレマインドの長期化や賃金上昇の停滞が日本の購買力を低下させている現状に合って、「日本の食」に内在する問題点を深掘りする必要を感じる。
(2022・06・02)