旧盆を前に、久しぶりに中学時代の同級生と懇談した。埼玉県の山間地に故郷があるので、この年齢を迎えても親から受け継いだ仕事を継続している者も多い。農業を受け継いで現役の者、子供に田や畑を譲って、作業手伝いを続ける者もいる。今回は、スーパーマーケットに勤務していた経験からの意見を聞きたいと、若い人を何人か連れて来た同級生もいた。
▼一昔前の農業従事者のイメージは、3Kが当たり前だった。2000年頃からだろうか、農村生活をノスタルジーとするような形でイメージづくりが始まったように感じる。TV番組でも「DASH村」を始めとする農業従事者の姿が放送され続けた。地方への観光や農業、地域的な伝統文化に社会的な関心が向けられるようになったのだ。結果、農村・農業イメージも変化していったのだ。この変化は農村や農家にも好意的に受け入れられ、農産物直売 所の建設ラッシュが続き、都会からの顧客は「スーパーの野菜とは全然違う」などの感想を口にしてたくさんの買い物をしてくれたのだ。農村にとって救世主になったのだ。
▼懇談に参加した若い人たちは、そのような時期に農業生産者の世界に飛び込んで来たという。ただ、TV番組で放映される農業には、演出が加えられていたのだろうか、ゆっくりとした時間が流れ、晴耕雨読ではないが、晴れの日には畑を耕し、雨の日にはうどんや蕎麦を打つ。近所づきあいや気の良い仲間たちが集まって酒盛りをするような素敵な生活は少なかったと話し出した。農業に抱くイメージが全く異なっていたという。実際の農業はそんなものではなく、真剣に打ち込む人であればあるほど、大変な労働をしているという事だ。
▼農業を通して仕事に自信を持ち、高い収入を得、社会から尊敬される職業になるのであれば問題はないのであろうが、「スローライフ」が癒しになると感じての仕事には、それは存在することはないように思えてならない。
かつて農業には、もう少し尊敬が集まっていたような気がする。大変な仕事に従事しながら、私たちに食糧を作ってくれているという事実は尊敬に値したからだ。それが、最近の感覚では変化しているように感じてならない。野菜が天候不順で少し価格が上がった時の、TV番組の取り上げ方、消費者へのインタビューの内容は異常としか思えない。生産者は、決して楽して儲けているわけではない、むしろその逆なのだが、大変さや尊敬はそこに感じることはないのだ。言い換えれば、社会的な「価値」が、あまり認められていないとも思える。
若い人達と意見を交わすうちに、スーパーマーケットとしての使命、農家の仕事に対する農家自身の向き合い方などのアップデートの必要性を痛感した。
(2022・08・14)
