指導者に指導力を求めないのは・・・

野球に興味を持ち出した時から、「ライオンズ」のファンであった。当時は「西鉄ライオンズ」であったが、パシフィック・リーグの人気は低く、選手の活躍の姿を見るのは、日本シリーズでのTV中継の時であった。今でも印象に残っているのは1958年のそれだ。随分と古い話だが、シーズン前半は、南海(現在のソフトバンク)に、最大差11.5ゲームをつけられたが、稲尾和久が後半戦のチーム36勝のうち31勝に絡む鉄腕ぶりをみせ逆転しての優勝を達成した。

▼この年の日本シリーズは、3年連続で巨人との対戦となったが、ここでも奇跡が起きた。シリーズ3連敗の後、稲尾の好投で4連勝して日本一になったのだ。稲尾を始めとして、当時の主力は大下・中西・豊田・仰木彬・高倉らの好選手を擁し「野武士軍団」と呼ばれ憧れた。その後は、「太平洋クラブライオンズ」、そして「クラウンライターライオンズ」と変遷し、その後、1979年から本拠地を所沢市に移して「西武ライオンズ」となり、2008年からは「埼玉西武ライオンズ」に変更し、とても身近な球団なのだ。

▼今期は、開幕直後こそ3カード連続勝ち越しを決めたのだが、打撃陣の低迷と中継ぎ陣の乱調で投打がかみ合わず最下位に転落。4月27日のソフトバンク戦には延長戦に入った試合での連敗を「14」に伸ばし、16年にDeNAが記録した1分を挟む13連敗を抜き、2リーグ制以降でのワースト記録を更新。その翌日の試合もサヨナラ負けを喫し、球団初かつ同一球団相手の1カードにおける3試合連続サヨナラ負けを記録している。

▼成績不振のため、交流戦前最後のゲームとなる5月26日、松井監督の休養が決定した。監督代行に渡辺久信GMが就任したのだが、その後も負けが続き、ここ6連敗、借金も20(8日)の状況である。リーグ優勝23回、日本一13回はいずれもパ・リーグ1位の球団なのだが。「日本のプロ野球は、興行面を重視してチームの監督に元スター選手ばかり選ぶ。指導者に指導力を求めないのは残念」とスポーツライターの広尾晃氏はコメントしている。そういえばMLBの監督で元スター選手はほとんどいないようだ。

2024/06/10