ネットは「狩猟能力」を劣化させる・・・

『ネットは「狩猟能力」を劣化させる』とのタイトルで(株)島田研究室の島田陽介氏がブログで書いていた。興味深く読ませて頂いた。島田氏は、書籍の大部分をアマゾンのネットで調べ・買っているらしい。ただ、在庫数が限定される「書店」では、「獲物(欲しい本)」に遭遇する機会は限定され、ネットを利用することになる。ネットは在庫無限で手続きも簡単であるからだ。しかし、「ネットにのみ依存することには、危険がつきまとう。やはり書店で、実物を見て『発見』することが重要なのである」と述べている。

▼理由は、ネットがなかった頃、書籍は書店で買うしかなかった。書店では、先ず在ると思われるエリアを限定し、それから欲しい本(獲物)を見つけなければならない。「候補」が絞られたとして、ソレがほんとうに獲物かどうかは、数ページ見るだけで、決めなければならないわけだ。島田氏は、書店で図らずもそのようなハンティング技術を身につけたという。その結果、狩猟範囲のみならず「獲物」も、並んでいる書籍の表紙を見るだけで「見当」がつくようになったと言う。

▼この能力は、いまネットにも活かされているはずなのだが、ネットでは「猟場」が限定されていない。だから「未知の獲物」発見能力は、どうしても衰える。そこでもっぱら「狩り馴れた」獲物ばかり狩ることになる。そこで「狩猟力」はますます限定されていくと嘆いている。「買物」でも同じである。数多の服が並ぶ百貨店の広大な「狩場」で、自分にぴったりの「ファッション」という獲物を、瞬時に発見する能力に長けていたのだがと嘆く。

▼ところで重要な・価値ある「情報」は、自分で体験して得たり、親戚・友人・知人ネットワークを通じて得たりするものだ。足元ではこの「情報源」の枯渇が起きている。例えば良くTVなどで「行列が出来る店」が紹介される。ところがその行列に並んだ人は、その「情報」のほとんどがネットで取得したものだ。価値ある「情報」とは、先ず自分の体験を通じ五感で感じ取ってこそ得られるものであり、頼りになるのは自分の「体験」だけである。信頼出来る「情報」は、ネットに書き込まれた「情報」ではないはずだ。他人の体験を真似て皆で「むちゃくちゃ良い」という感想しかないと本当の狩猟能力を劣化させてしまいそうだ。

2024/06/14