覇権国である理由は「寛容」であること・・・

30年以上も前になるが、米国との国境に接したメキシコの町ティファナに寄るプログラムを含んだ社員研修があった。失礼な話になるが、米国から国境を越えてメキシコに入り、僅かな時間であるが、メキシコを体験するというものだ。カリフォルニア州から高速道路で国境検問所を通過した途端、道路は狭く舗装もされていない。みすぼらしい建物ばかり、おみやげ用のアクセサリー販売者が多くいた。国境を越えただけで、全くの別世界であったのだ。

▼大きな差が生じるのは、物理的な条件が変わるわけではないので、気候や土地の肥沃さなどの自然条件のはずがない。国民一人ひとりの能力の差がもたらしたものでもなさそうだ。政治や企業などの仕組みの差が人々の能力を最大限に発揮させる働きをしているのだろう。それが、これほどの差を生んでしまうことになるのだ。国境を超えただけで変わるのではなく、国境を超えることが違いをもたらす事になるのだ。

▼覇権国とは、政治的、経済的あるいは軍事的に抜きん出た国家が他国を支配・統制することだが、現代社会における唯一の覇権国は米国と言えるだろう。歴史家ポール・ケネディは、著書『大国の興亡』で変遷を、ポルトガル(16世紀前半)→スペイン(16世紀後半)→オランダ(17世紀前半)→英国と仏国の並立(17世紀後半)→英国(18世紀後半)→英国と米国の並立(第1次世界停戦後)→米国(第2次世界大戦後、現在に至る)という。

▼一般的な表現になるが、米国の豊かさの源泉は、異質なものへの「寛容」と「多様性」を認めることにあるのであろう。覇権国である理由も同じで「寛容」である。多くの歴史家が指摘するように寛容こそが古代ローマから続く覇権国の条件になる。ただ、これを否定するのが、ドナルド・トランプ前大統領になる。米国はこの点を巡って、これまでにない激しさせ世論が分裂している。米国大統領の選挙を世界中が注目しているはずだ。

2024/10/16