「東京マラソン」が、2日に開催され3万7千人以上が参加した。今年の大会は9月の世界選手権東京大会の代表選考会を兼ねてのものであり、最後の選考レースとなった男子は、「サンベルクス」の市山 翼選手が2時間6分0秒で日本人最高、全体の10位であった。サンベルクスは、東京、千葉、埼玉に48店舗を展開する食料品スーパーであり、とても嬉しく感じる。女子の日本勢トップは安藤 友香選手で、こちらも小売業の「しまむら」所属であった。
▼大都市の中心部を何万人ものランナーが走る光景は、今では全国で当たり前だが、東京マラソンの開催には多くのエピソードがあるようだ。一般市民が参加可能なマラソンレースは日本国内になかった時代、東京五輪(1964年)の銅メダリスト円谷選手と一緒に走ろうと呼びかけた青梅マラソン(1967年3月)から市民マラソンは始まる。著名アスリートとレースに参加できる大規模な大会として有名になり、全国から参加者が集まる大会となった。
▼その後、各地で規模の大きな市民マラソンも開催されてきたが、東京、福岡、大阪、名古屋などの大都市を走るマラソンは男女別の開催、出場資格の設定などで多くても300人程度のエリートに限られていた。東京の真ん中を障害者も一緒に数万人が走るレースができればと市民団体の活動が起きた。何かを変えようとするとまずできない理由が次々と指摘されるこの国では、共感を得ても実現までは難しいもののようだった。
▼「長時間の道路規制を警察が認めるはずがない」「都民生活に不便が発生する」など周囲に迷惑をかけながらスポーツをただ楽しむイベントに支持が集まるとは思えないと多くの人が思っていた。だが、杞憂だった。石原都知事(当時)がトップランナーも出場する大規模市民マラソンを都内で開催したいと表明したからだ。24年の東京マラソンの経済波及効果は約526億円という。常識にとらわれて物事を出来ないと決めつけることの愚かさを認識する必要がありそうだ。企業経営にも言えそうだ。
2025/03/06
