ヤオコーが標榜する「チェーンとしての個店経営」の礎を築いた島田研究室の島田陽介氏の話を伺う機会があった。1962年に渥美 俊一氏が設立した「ペガサスクラブ」に参集した30代の若手経営者が中心になって、我が国でも商業の近代化に向けて始動したのだ。島田陽介氏に初めて会ったのは、70年の初めにこのペガサスクラブのセミナーの席である。当時の日本は、高度経済成長が達成されてはいたが、生活の豊かさは低かったのである。
▼ペガサスクラブの主なメンバーは、ダイエーの中内㓛氏、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏、ジャスコの岡田卓也氏、ヨークベニマルの大高善兵衛氏、ユニーの西川俊男氏、イズミヤの和田満治氏などが中心。会員企業数は急速に伸び、1969年には1,000社を超えていた。米国の本格的なチェーンストア経営システムを紹介、草創期にあった戦後日本を代表する多くのチェーンストア企業を指導した。島田氏はその指導者のひとりであった。
▼島田氏は、1936年生まれであるから、今年は89歳になるはずだが驚くほど元気である。早稲田大学文学部卒で、専門は、マーケティング、経営戦略であり、流通業に関する著書が多数ある。また、セミナーを通じた業界への情報発信を積極的に実施しており、今でも年に何回かネットを使って開催している。定期的に話を伺うのは、島田氏は環境の変化に伴い、過去の自説を否定し、新しい考え、足元で考えるべきことを話してくれるからだ。
▼今回も、冒頭から「米国視察」の意義を話された。米国視察は、これまで外食業・流通業の年中行事だった。理由は、「チェーンストア」という概念が、もっとも成果を上げたのが米国だったからである。今から60年以上前に日本でもチェーンを作ろうと考えた。「流通革命」という言葉が象徴であった。米国視察は、その「理論と技術」の生きた見本の視察だった。だが最近、その米国視察の意味を変えなくてはいけない。米国チェーンを超えるチェーンが日本に育ってきたと言うのだ。(つづく)
2025/04/04
