社会構造〈労働×時間×文化〉問題としての批評書・・・

三宅香帆著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、2024年4月に発刊された書籍なのだが、ずっとタイトルが気になっていた。著者の三宅氏自身の体験である「働き始めてから、本がなかなか読めなくなった」ことを出発点に、「なぜ本を読めなくなるのか」を歴史的・社会構造的に問い直す「批評」+「提言」の本である。多くの人は「働いているから時間がないので、本を読む余裕がない」と考えがちだが、それだけでは根本説明にならないと三宅氏は指摘、何故なら、スマホでネットを眺める「余裕」はあるのだからという。

▼本を読むという行為は、意図しない情報や異なる世界観、文脈の「ノイズ(雑音・余白)」を含むことが多い。だが現代社会では、ノイズを除いた「必要な情報だけ」を効率的に取得する方向性が重視されがちであり、そうした選別志向が読書の深度を阻害するという見方が展開されている。明治期以降の日本の働き方、階級構造、出版や読書文化を辿り、「教養」「修養」「自己啓発書」「ビジネス書」「教養趣味化」などの変化を対比的に扱っている。

▼明治期には「修養」や「啓発書」的文献が広まり、戦後高度経済成長期には「全集」・「文庫本」ブーム、2000年代以降は「ノイズを排す情報志向」などの傾向という流れが描かれている。そして、現代社会では、「仕事にすべてを捧げる」ことが美徳視されやすく、それが読書や趣味、余白の領域を圧迫してしまっている。三宅氏は「全身全霊」で働く社会へのあり方を問い直し、提案としての「半身」「部分的な関与」「余白を許す働き方」へのシフトを訴えている。

▼「もっと頑張れば読書できるようになる」などの自己責任論には批判的で、むしろ取り巻く社会的条件(労働制度、時間制度、文化観念など)が変わることが必要という視点が強い。最終章やあとがきには、実際に「働きながら本を読むコツ」や、個人・制度面での働き方への提言が含まれている。知的刺激を得るため「自分の“当たり前”を制度や構造のせいにしたら、何が見えるか?」「自分の“常識”は、どの時代の価値観を継いでいるのか?」「自分の仕事・生活の中で、“無駄”や“寄り道”はどんな意味を持っているか?」などを問いながらの読書が必要のようだ。

2025/11/05