早稲田大学大学院教授の入山 章栄氏の著書『世界標準の経営理論』(2019年刊行)は、15万部を超えるベストセラーとなっている。その入山 章栄氏が、一度完成したはずの「世界標準の経営理論」をDHBR誌25年4月号から改めての連載を始めた。この内容を土曜、日曜日にこの欄で紹介したい。今回は、「アッパー・エシュロン理論」(UET)である。UETとは「経営者の特性・個性が、企業の戦略・業績に多大な影響を与える」ことを説明する理論とのこと。「経営者の特性・個性」について、UET理論をもとに解説している。
経営者の「個性」が企業業績を決める時代へ
AIやグローバル化が進み、環境変化が激しくなった現代。企業の命運を左右するのは、もはや市場構造や資本力ではない。経営者自身の「個性」や「意思決定の癖」こそが、企業の浮沈を分ける時代になった――。こうした現実を理論的に説明するのが「アッパー・エシュロン理論(UET)」である。
1987年、ペンシルベニア州立大学のドナルド・ハンブリックらが提唱したこの理論は、経営者の過去の経験・性格・価値観が、その人の“認知フィルター”を形成し、それが企業戦略と業績に影響する、とするものだ。近年、米国のデータでもCEOの影響度は急上昇している。1950〜60年代は企業業績の変動要因のうち、CEOの寄与はわずか8.6%。だが2000年代には26%を超え、業界構造よりも大きな影響力を持つようになった。背景には3つの変化がある。
- 変化の激しい環境で、迅速な決断が必要になったこと。
- ガバナンス改革により、株主が経営者にリスクを取ることを求めるようになったこと。
- M&Aや海外展開など、経営戦略の選択肢が増えたこと。
つまり現代は「良くも悪くもCEOの時代」である。日本も例外ではない。ガバナンス改革の波、グローバル市場での競争、DXやM&Aの拡大などにより、企業トップの判断一つが業績を左右する時代に入っている。
組織は「人の集合体」:行動理論が示す現実の意思決定
UETを理解するには、前提となる「企業の行動理論(A Behavioral Theory of the Firm)」を押さえる必要がある。この理論を唱えたのは、カーネギーメロン大学のサイアートとマーチ。彼らは、企業を“合理的な一人の意思決定者”として扱う経済学の前提を批判した。現実の企業では、多くの人が異なる経験・価値観・思考を持ち、議論・対立・妥協の末に意思決定が生まれる。このとき、似た考えを持つ人々は「コアリション(連合)」を形成し、組織内に複数の派閥が存在する。戦略決定は、これらのコアリション間の力学によって動く。
ハンブリックはこの考えを継承しつつ、1984年に「支配的コアリション=ドミナント・コアリション」に注目した。つまり、実際に意思決定を主導するのは取締役や執行役員などの「経営陣(TMT)」であり、彼らの認知バイアスや経験が企業の方向を決めるというわけだ。たとえば営業出身の役員は売上成長率に注目し、財務出身の役員は収益性に敏感になる。同じデータを見ても、何を重視するか・どう解釈するかは異なる。この「認知の違い」が、企業の戦略と結果に反映されていく。これがUETの第1世代のメカニズムである。(つづく)
2025/11/22
