―なぜいま「世界標準の経営理論」が必要なのか― ⑧

(昨日からのつづき)

第1世代UET:経営陣の属性が企業行動を決める

1984年に確立されたUET第1世代は、「経営陣(TMT)の経験・年齢・在任期間・専門領域などが、戦略や業績に影響する」と主張する。実証研究では、以下のような傾向が確認されてきた。

  • 若いTMTほどリスクを取りやすく、成長力が高いが業績の振れ幅も大きい。
  • 技術やマーケティング出身者が多い企業は新製品開発に積極的。
  • 在任期間が長い経営陣は思考が硬直化し、現状維持を好む傾向がある。
  • 多様な経歴や国籍を持つTMTは柔軟だが、意思決定が遅くなることもある。

UETの本質は、「経営者の属性の違いが、企業の認知と行動に影響する」こと。つまり、個人の人生経験や価値観が企業の意思決定に映し出されるということだ。この理論は1990〜2000年代の経営学に大きな影響を与え、世界中で実証研究が進んだ。

第2世代UET:CEO個人の時代へ

2000年代に入ると、UETは新しい局面を迎える。第2世代では、経営陣全体ではなくCEO個人の性格や心理的特性が注目されるようになった。その理由は、企業環境が急速に変化し、トップの意思決定がより直接的に業績を左右するようになったためだ。中でも象徴的なのが「ナルシシストCEO」研究である。ハンブリックとチャタジー(2007)は、CEOの写真サイズや一人称使用頻度などからナルシシズムを測定し、自己中心的なCEOほどM&Aや派手な戦略を好み、結果的に業績が不安定になることを明らかにした。一方で、自信過剰なCEOがリスクを取り、イノベーションを生み出すケースもある。また、心理学で知られる「ビッグ・ファイブ(開放性・誠実性・外向性・協調性・神経症傾向)」をAIで分析する研究も進んでいる。開放性が高いCEOは変革を促進し、誠実性が高いCEOは安定を重視する傾向があるという。AIと心理学が融合することで、経営者の「内面」がデータとして分析される時代に入っている。

日本企業に訪れる「CEO選抜の大転換期」

日本企業のCEOの影響度は、20世紀にはまだ低かった。だが今後10年で確実に変わる。コーポレートガバナンス改革や海外投資家の圧力、事業ポートフォリオ改革の波が押し寄せる中、経営者の裁量が広がりつつある。もはや「持ち回りで順番に社長になる」時代ではない。世界では、経営者選抜の基準に「個性・人柄・価値観」を明示的に組み込む動きが進んでいる。エゴンゼンダー社が定義する経営人材の4レイヤー――①スキル、②能力、③資質(胆力・洞察力など)、④価値観・人柄――のうち、欧米では④が最重視されるようになっている。日本ではまだ一部企業にとどまるが、若手登用や社外招聘、スタートアップ出身者の流入が進む今、個性と価値観を基準にした選抜は不可避だ。AIがスキルを代替する時代、人間の「個性」こそが企業差を生む源泉になる。

これからの経営理論:個性を活かす組織へ

AIによって知識や分析力がコモディティ化する時代、企業の競争優位を生むのは「個性の統合力」だ。優秀であることよりも、“魅力ある人間性”を持つリーダーのもとに人が集まり、共感から動く組織こそが強い。ハンブリックのUETが教えるのは、「企業の戦略や文化は、経営者の内面の反映である」ということ。経営者育成とは、スキルの訓練だけでなく、人格と価値観を磨く営みである。これからの日本企業に求められるのは、「理論で人を選び、人間性で組織を動かす」新しいマネジメントの形だ。経営理論は過去を説明するためではなく、未来を創るためにある。AI時代の“人間中心経営”を支える思想として、UETは再び注目されている。

2025/11/23