(早稲田大学大学院教授の入山 章栄氏の著書『世界標準の経営理論』(2019年刊行)は、15万部を超えるベストセラーとなっている。その入山 章栄氏が、一度完成したはずの「世界標準の経営理論」をダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー(DHBR)誌25年4月号から改めての連載を始めた。この内容を土曜、日曜日にピックアップして紹介している。今回は「アイデンティティの理論」を取り上げている。先週からのつづき
アイデンティティと戦略 ― “らしさ”はなぜ組織行動を決定するのか
アイデンティティ研究が経営戦略の中で重要視される背景に、「知の探索(Exploration)」をいかに支えるかという現代的課題がある。企業が未来に向かって新しい挑戦に踏み出すには、社員が「なぜこの方向へ進むのか」を納得し、腹落ちしていなければならない。その根本にあるのが“アイデンティティ”である。
1.探索は不安を生む。その不安を支えるのがアイデンティティ
探索(Exploration)は、イノベーション創出の源泉であるが、そこには次のような特徴がある。
・成果が見えない
・失敗確率が高い
・投資回収に時間がかかる
・組織内の評価軸が揺らぐ
・今の成功パターンが使えない
この不安定さが、社員の心理的負担となり、「現状維持(Exploitation)」に流れやすくなる。
では、組織が探索へ踏み出すために最も必要なものは何か?
それが 「なぜ我々はこれをやるのか」というアイデンティティ的納得感 である。
2.“らしさ(=組織アイデンティティ)”は意思決定の羅針盤になる
アイデンティティが強い組織ほど、意思決定がブレにくい。
スターバックスの例を挙げると、
彼らは「サードプレイスの提供」というアイデンティティを持つ。
そのため、新しい施策を考えるときも
・それはサードプレイス体験を高めるか
・顧客の居心地を損なわないか
・ブランド体験と整合しているか という一貫した基準で判断できる。
このように、アイデンティティは「判断軸」を提供することで探索の方向性をぶらさない役割を果たす。
3.両利きの経営(Ambidexterity)を可能にする“背骨”がアイデンティティ
両利きの経営とは、
・既存事業の深化(Exploitation)
・新規事業の探索(Exploration)
を同時に行う経営モデルである。ただし、多くの企業が探索に踏み出せず失敗する。
その理由の1つが、「組織のアイデンティティが曖昧で、探索の理由が共有されていない」ことである。
探索には痛み(短期的な非効率)が伴う。だからこそ、社員が「この方向性は我々の存在意義とつながっている」と理解していなければエネルギーが持続しない。アイデンティティが強固であれば、探索の不安を乗り越えられる。両利きの経営の成否は、実は“戦略”より“自己理解”に依存している。
2025/12/27
