(昨日からのつづき)「資産権理論」がこれからますます重要になると論文が述べる理由の一つが、イノベーションの時代だからという点である。不確実性が高い時代には、契約や計画で最初からすべてを決めることはできない。重要になるのは、事後的な工夫、改善、探索、挑戦なのだが、そうした努力は多くの場合、契約にも職務記述にも細かく書けない。だからこそ、それを行う人に、何らかの残余支配権や残余請求権を与えないと、努力が続かないと論文は言う。
▼これは食品スーパーの新規事業や改革案件でよく起こることだ。例えば、新しい小型店モデル、ネットスーパーの改善、店内調理強化、地域連携企画、新しいアプリ販促などを立ち上げたとする。最初は少人数チームで機動的に進み、現場の創意工夫で形が見えてくる。しかし、ある程度うまくいくと、本部が正式案件として吸い上げ、立ち上げたメンバーの裁量が小さくなる。評価や報酬にも十分反映されない。成果を生んでも自分たちのものにならないと感じると事後的努力は弱まってしまうのだ。
▼論文では、大企業の新規事業にストックオプションなどを通じてインセンティブを付ける実例が紹介されている。食品スーパーでそのまま同じ制度を入れるのは簡単ではない。ただ考え方は応用できる。新規事業責任者に一定の裁量を残す、成功時の評価を明示する、一定期間は本部が取り上げすぎない、現場発案者に継続関与の権利を残す。こうした仕組みは、すべて「契約に書けない努力を続けてもらうための設計」と言える。現場が「改善しても自分たちに意味がある」と思えるかどうかが決め手になる。
▼改革が続かない会社の多くは、方法論よりも、努力の取り分をどう設計しているかにあるのだ。企業経営陣がこの理論から学ぶべき結論は明快だ。これからの時代に必要なのは、「管理の仕組み」だけではない。想定外の中で工夫する人に、裁量と報いをどう残すかなのだ。食品スーパーの競争力は、最後は現場と関係先の自発的な工夫の量で決まる。その工夫を生み出すのは、気合ではなく、インセンティブ設計である。資産権理論は、その見えにくい本質を非常に鋭く教えてくれる。
2026/06/07
