早稲田大学大学院教授の入山 章栄氏の著書『世界標準の経営理論』、15万部を超えるベストセラーとなっているが、時代の変化の中で、新しい理論が生まれたり、必要な理論のウェートが変わったりしていることから、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー誌に改めての連載を始めた。そこでの連載論文の概要を土、日曜日に紹介している。今回は、「ネットワークサイエンスの理論(2)」の② 単純感染と複雑感染では有効な打ち手が違うことだ。
▼今回の理論で最も実務的なのは、拡散には大きく二種類あると整理している点だ。一つは「単純感染」、もう一つは「複雑感染」だ。論文では、まずこの二つを分けて考える必要があると説明している。単純感染とは、一対一の接触で広がるタイプの拡散だ。病原体、噂、デマ、SNS上の情報などがその典型だ。ある人が別の人に伝える、その接触だけで拡散が進む。つまり、一回の接触に意味がある現象だ。「このクーポンは得だ」「この動画が面白い」といった軽い情報がこれに近い。誰か一人から聞いただけでも、別の人に伝えやすいもので、ニュース性の高い情報、軽い話題、目を引く投稿などが近い。
▼一方の複雑感染は違う。これは、周囲の複数の人から影響を受けて、初めて自分も行動が起こるタイプだ。論文では、運動習慣の開始、新しいAIツールの導入、高額商品の購買意思決定などが例に挙げられている。確かに、一人が使っているだけでは自分は動かない。しかし、周囲の複数の人や企業がそれを採用していると分かると、「自分もやったほうがよいのではないか」と思い始める。こちらは、一対一ではなく、周囲の重なった影響が効く現象なのだ。この区別は、経営ではかなり重要なものになる。「情報認知」と「実際の購買」や「導入」は、同じではないからだ。
▼論文でも、SNSで大きく話題になった商品が、必ずしも実際の購買に直結するわけではないとある。認知そのものは単純感染で広がっても、購買は複雑感染で決まることが多いからだ。「ネットでバズったのに、思ったほど売れない」現象はたくさんある。企業は、「広げたいものの正体」を取り違えてはいけない。「まず認知されれば十分なのか」、それとも、「実際に行動まで変わってほしいのか」を分けずに施策を考えると、話題としての認知は成功したのに定着しない、説明会は盛り上がったのに導入が進まないということが起こる。
食品スーパーの販促力とは、広告の量ではなく、広がり方の違いを見抜く力でもある。
2026/07/04
